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「……英祐……」
「……どうなのですか……お嬢様……答えて……ください……」
 血まみれの体を叱咤して動かして、今英祐は、私の前に立っている。彼は再度私に、弱々しく、懇願するかのように言った。
 その姿が私にはとても痛々しく見えて、それと同時に何か罪悪感を覚えて、思わず私は目を伏せた。
 ……先程、英祐は私に同じような質問をしたはずだ……。私は答えるのを忘れていた……いや、わざと無視した。
 でもさっきまでなら、まだ、英祐は私が死んでしまうことには気付いていなかった……さっきまでだったら……ごまかせた……
 ……でももうごまかせない。英祐は明らかに……気付いている……
 私が自ら……命を絶とうとしていることを……
 この、英祐を直視できない私の罪悪感の正体は、英祐が気付いていないうちに答えていればよかったという後悔……と――
 ――もしかしたら、最愛の人を失う悲しみを知っていながら、私は彼を置いて死のうとしているから、なのかもしれない……
 ……それでも……私はやらなければならない……いや……やりたい……やる……
 だってそうでしょ……英祐……。私だって……最愛の人を失う悲しみは……嫌だもの……
 英祐を失うなんて……絶対に……嫌だもの……
 だから……私は……やる……
 ……こういう時って、坂田も言ってたけど、力のある者って本当に勝手だよね……。他の人のことは考えないで……自分の考えだけを優先させちゃうんだから……
 まだそういう気兼ねは英祐に対して残っているけども、だからこそ私は、それを振り払うために英祐に言う。
「……うん。確かに私は……死ぬわ……英祐」
「……っ!……なぜお嬢様が死ぬ必要があるのです……」
 喰らいつくように、あくまでそれを否定するかのように、英祐は歯軋りを含ませながら拳を強く握りながら、言葉を搾り出した。
「……だって……坂田や絵里香ちゃんが……彼らが命を賭して日本国民を救おうとしているのよ……。私達は慄いて……ただ逃げることだけしか……いいえ、逃げることもできなかったビル、燃え盛るその中に入っていったのよ……
 命を賭して……東京の街を救うため……私の力を取り戻させようとしてくれている……
 ……それなのに私だけが逃げるわけにはいかないでしょ」
「……しかし……」
「……英祐だって私のために命を張ってくれたじゃない……。それなのに……私だけ……そんなのは私が私を許せないわ。
 私はみんなのためにこの命をかける、それだけ……よ、英祐」
「……っ……」
 後方には、燃え盛る坂田のビルがある……。周囲は……次々と回る火の手と立ち上る煙で囲まれている……何も……見えない……。ただ轟々と唸る炎の音だけが聞こえていた……
 ……まだ力は戻らない。
 英祐は未だ弱々しく、しかし私のせんとしている行動への反感は消えていない瞳で、私の目を捉え続けていた。
 ……私は話し始める。
 私の……記憶の話……
「……最後の戦い、知っている?私と、あの人と、当時の二大大国に別れて戦った、私が悪魔になる直前の戦い。彼とはね、とある都市の上空で戦ったの。……こちら側の国の……最後の砦だった……
 ……彼はね……悪魔だった……。あの時の私とは比べ物にならないくらい……悪魔だった……
 不死身で、強大な力を持ち、そして、たくさんの人を殺していた……笑っていたのよ……あいつは……人を……殺しながら……狂ったように……
 ……それは……今の私と……似ているんだ……。ほとんど同じ悪魔の力を持っていて……狂って……笑って……まるで、本当にさっきの私みたいだった。でもあの時の私にとっては、本当に彼は悪魔そのものに見えて……怖かったの……
 私は彼に慄いていた。慄いていたけども、私はそのときには既にもう狂っていて……彼に立ち向かうことしかできなかったの……。立ち向かって……だけどやっぱり彼が恐ろしくて……私は……彼に負けた。めちゃくちゃに……やられた……
 ……ひどいものよ……手足はもぎとられて……下半身は潰されて……あはは……思い出すだけでぞっとするわ……。それで私は……建物に叩きつけられて動けなくなったの……
 彼は私を倒してからも……好き勝手に暴れて……もっともっと笑い叫んで……ついには……その都市まるごとを燃やすに至った……
 ……そのときにね、彼女は現れたのよ……。私が叩きつけられて半壊した建物の中から……彼女は血だらけでめちゃくちゃの体を引きずって……這い出してきた……。目は……瞑られていた……。盲目だったのかもしれない。もしくは目に傷を負ったのかもしれない。……でもその状態の彼女はね……きっと……彼の狂ったように笑う叫び声を頼りにしてね……言ったんだ……
 ……あなた……あなたなの……?
 ……って……
 彼女は……彼の恋人だったのかな……それともただの知り合い……?
 彼女は……私の傍らで……本当に小さな声で言ったんだ……
 それでも彼は……気付いたの……彼女に……気付いてそして……彼は……今まで笑って歪めていた表情を……驚愕と恐怖に歪めた……
 一体何が起こったのか、どうしてそんなことが起きたのか、意識が朦朧としてて私にはわからなかったけど、でも、今ならわかるんだ……
 ……彼は……彼女を……救ったんだ……。彼が……彼女を救いたかったから……
 彼は……彼女を……愛していたんだ……
 ……きっと……
 ……白い光が辺りを包み込んでね、多分、都市まるごとを包み込んだんじゃないかと思う。気がついたら私の体は元通りになっていて、彼女の怪我も治っていて、街も、元通りになっていて……でも彼は……消えていたんだ……
 ……再生の力って知っている?私達悪魔の不死身の力の根源。あらゆる物を復元する……有限の……力……
 そう……これは有限なの……。だけど悪魔は不死身……
 これはね、再生の力が、悪魔の体から放たれて、悪魔の体を復元するために再度悪魔の体の中に戻るからなの。……これを自分以外のものを復元するために使ったら……どうなるかというと……ね……、再生の力は自らの体に戻ってくることはなく……悪魔の体はそれによって形を留めていられるから……その力がなくなれば……死んでしまうの……
 ……だから私は死ぬの。東京を救うために……復元するために……自らの再生の力を外に放って……ね……」
「……」
「……そしてね、この話には後日談があるんだ。
 気付いているかな?英祐は?私は気付いて……そしてわかったんだ……。私が記憶を取り戻した時に……ね……
 私……何度か話したよね、私が……悪魔として生まれたときの話……
 周りにあるもの……みんな……破壊しちゃったんだ……壊し……ちゃったんだよ……全部……全て……
 ……彼が……自らの命を投じて救った都市を……そして……――
 ――彼女を……ね……」
「……」
「私はね……悪魔だった彼よりも……もっとひどい悪魔なんだ……
 だけどね……いや……だから……私は……絶対にやると言える……
 これから私がやることはね……さっきの償いだけじゃない……
 ……これは……あの時の償い……いいえ……今まで私がやってきたこと全てへの償い……
 私の……人生の……償い……なの……
 だから私は……彼がやったように……いや、彼がやった以上に命を賭けて……やる……
 絶対に……やるの……英祐……」
「……っ……」
 ……言いたいことは全て……言葉にして英祐に伝えた……
 彼は大きく歯軋りした後、地面に崩れるようにして座り込んだ。
「……っ……くそっ……くそっ……くそっ……」
 そんなの関係ない……そんなの関係ない……
 彼が小さくそう言っている……ような気がした。私にわからないように……気を遣って……しかし自らでは抑えきれず感情が口から漏れ出している……そんな感じ……
 ……私にだってわかるよ……英祐……その気持ちは……
だけど……うぅん……だから……英祐はそれを理解してくれていて……理解したから……何も言えずに……ただ自分の無力さが悔しくて……何もできなくて……座り込んで……悔しくて……悲しくて……――
 ――そう……悲しくて……絶対に……悲しくて……
 ……ぇ……英祐……英祐ぇぇ……
 彼が思っていること……痛いくらいにこちらにも伝わってきて……私は……なんだろう……私も……悲しくなってきて……
「……ごめんね……英祐……本当に……
 ……でもね……でもね……英祐……」
 悲しい……英祐と別れなきゃいけないのは……悲しい……英祐が悲しいのは……私も悲しい……
 でもね……でもね……本当は……
 英祐ぇ……英祐ぇ……
 ……私は……英祐が死んじゃうのが……一番悲しいから……
「でもね……英祐……本当は……私は……英祐が死んじゃうのが……一番悲しいから……」
 思ったことが、声に出ていた。
 そうなんだ……償いとか……そういうのじゃなくて……ただ……英祐を助けたいだけなんだよ……英祐……
 彼に……それを……伝えた……
「……っ……お嬢様ぁ……」
 きっと……彼にも……伝わった……
 ……途端、涙が出てきた……
 悲しくて……悲しくて……もう我慢できなくなって……
 ぇ……英祐ぇ……
「英祐……英祐ぇ……!!」
 私は英祐のもとに駆けていた……
「……お嬢……様……」
「……ぅ」
 彼の傷を案じて、一呼吸置いてから、私は彼の体に抱きついた。
 傷に触らないように……やさしく……触れる程度に……
 英祐ぇ……英祐ぇ……
 その胸で……泣く……
「……お嬢様……」
「……ぁ」
 英祐の腕が、私をやわらかく包み込んだ。その力は決して強くはなかったけど……私と英祐の体は……より……密着した……
 ……っ……
 熱ではなく……英祐の体の冷たさが……私にじかに伝わる……
 周りに立ち込める炎の熱と相反しているせいで、英祐の体の冷たさは、より際立っていて、……私の胸を痛めた……
 死んじゃう……英祐が……死んじゃう……
 ぇっ……ぇっ……ぇっ……
 死んじゃう……だから……私は……やる……
 私は……死んで……彼を助ける……
 ……だけど――
「……英祐ぇ……」
「……お嬢様……」
 ――せめて今だけは……甘えさせて……
 最愛の人と別れる悲しみを……あなたと……共有させて……
 泣いて……泣いて……泣かせて……
 私の悲しみを……受け止めて……
 ……英祐……
「英祐……英祐……」
 ぎゅっと抱きしめたい……抱きしめてもらいたい……、そういう衝動は抑えて、私はただ……英祐を感じながら……泣いた……
「……」
 英祐は無言で、私をやさしく包み込んでくれる。
 私は……英祐を感じて……そして英祐は私を感じてくれている……そう思う……
 いつまでも……いつまでも……
 そう……いつまでも……
「……ん……」
 ……ちょっと……わがままなことを思ってしまった……
 いや……ちょっとじゃないかも知れない……
 でも思ったら……その思いがどんどん肥大していって……止まらなくなった……抑えられなくなった……
 ……英祐を……感じていたから。感じて……いたかったから……
 ……英祐ぇ……
 わがままが……口から出てしまう……
 とっても自分勝手な……わがまま……
「ぇっ……ねぇ……ぇっ……英祐ぇ……」
「……何です……お嬢様……」
「ぇっ……聞いて……英祐……
 ……覚えてる……?彼が再生の力を使って……彼女を救った時……。彼ね……彼女の記憶も……消したんだ……
 うん……えっとね……私は彼が彼女の記憶を消すのに巻き込まれて……記憶が消えただけなんだ……。恐らく……街全体の人の記憶が消されたんだと思う……
 再生の力……白い光は……人間の脳をも元通りに復元するの……つまり……記憶の消去も兼ねることができるの……
 ……彼はね……自分の悪魔の姿を見られたくなくて……そんな醜い自分が彼女の中に残るのが嫌で……彼女の記憶を消したの……
 ……本当はね、私もそうするつもりだった……
 そしたらね……この街の人達が悲しい目に遭ったこと……私のせいで失ってしまった人達のこと……忘れられるから……
 悲しみを……忘れられるから……」
「……」
「……でもね……でも……ぇっ……ぇっ……だめ……だめなの……
 街全体の人の記憶を消したら……消したら……わかる……?英祐……。……英祐の……記憶も消えちゃうの……」
「……」
「本当はね……それでもいいと思ってた……。英祐の記憶が消えれば……私の記憶も……消える……そしたら……英祐の悲しみも消える……もんね……
 ……ぇっ……でも……でも……ぇっ……もうだめ……
 ……英祐ぇ……忘れないで……私のこと……
 ……ぇっ……ぇっ……いつまでも……いつまでも……私を感じていて……
 だめ……私……英祐に忘れられちゃったら……私……私……もう……悲しくて……悲しくて……私……おかしくなっちゃうから……
 ね……だから……英祐……覚えていて……忘れないで……。悲しい……悲しいけど……でも……その悲しみを忘れないでください……。英 祐が私のこと覚えてくれていれば……私……例え死んでも……英祐と悲しみをともに分かち合っていられるから……
 ……だから……ね……英祐……。わがままで……自分勝手で……それはわかっているけども……だけど……私……こんなこと……やってもいいですか……?」
 東京の、私が悲しい目に遭わせてしまった人達と、そして何より英祐への後ろめたさ、申し訳なさがあって、私は身を縮めて言う……けど……やっぱりそれでも、私はこの思いが聞き入れられることを強く望んでいた。
 ぇっ……英祐……お願い……英祐ぇ……
「……お嬢様……何を言っているのですか……良いに……良いに決まっているじゃないですか……」
「ぁ……」
 ぎゅっと、弱い、弱くではあるけれども、しかし強く抱きしめられた。彼の苦しそうで荒い、しかし弱々しい吐息が、私の首元に触れる。
「いや……むしろ……私に……忘れろと、お嬢様のことを……忘れろというのですか……」
「……えい……すけ……?」
 ぽとりと、私の頬に温かいものが落ちてきた。
 英祐が……幽(かす)かに……泣いていた……
「お嬢様を……もう私の力では止めることができない……あなたの意思の強さに勝てない……のであれば……お嬢様……せめて……せめて…… いつまでも私の中に……私の心の中に……いてください……。お嬢様がいなくなってしまったら……っ……いや……お嬢様が私の記憶の中からさえもいなくなってしまったら……私はそれこそどうすればいいのですか……?何を糧に……生きていけというのですか……?
 ……これが例え自分勝手なエゴだとしても……例え……このエゴのせいで他の多くの人間が悲しみに苦しんだとしても……
 私は……あなたを……忘れたくない……
 ……あなたを……いつまでも……感じていたい……
 ……お嬢様……」
 いつまでも……感じていたい……その言葉とともに、彼はもっと強く、ぎゅっと私の体を抱き締める。
 その言葉に、私は再度涙が出てきて……泣いて……泣いて……嬉しくて……でもやっぱり悲しくて……
 ……私もだよ……英祐……私も……例え死んだとしても……いつまでも英祐を感じているよ……
「ぇっ……英祐ぇ……英祐ぇ……英祐ぇぇ……」
「……お嬢様……」
 ……いつまでも感じている、それが例え錯覚だったとしても、私達は静かに抱き合って、いつまでもお互いを感じていた。
 ……それが例え……ほんの一時のことだとわかっていたとしても……

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