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 ……!っぅぅ……
 い……痛い……
 頭に鈍痛。私はそれで目を覚ました。
 ベッドから体を起き上げる。目を開けると、
「な……ここ……どこ……?」
私は見たこともない部屋のベッドに寝かされていた。服も、いつのまにか寝巻きからゴスロリに着替えさせられていた。
 部屋……アンティーク風で、まるで中世ヨーロッパの貴族の館ような部屋なのは、私の自室と変わりない。だけど、あまりにその部屋は広くて、窓とドアは一つしかなくて、何だか、たくさん物があるけど閑散としていて、閉鎖的な部屋。
 ぬいぐるみもないわ、ってそんなことはどうでもよくて……
 私はもっとよく周りを見回そうと頭を振る――と再度頭に鈍痛。
「ぃ……いたぁ〜い……」
 私は頭に手をやった。大きなこぶが、できてい。
 ……こぶ?
 楓川に殴られてできた……こぶ。
 ……そうだ、私は楓川に殴られて、気絶して……
「ぁ……」
 思い出した。途端、恐怖に、体が震え始めた。
 起きたこと全てが、いきなり私の頭に流れ込んできた。
 私の力……まだ……駄目……
 英祐……英祐はどうなったの……
 怖い……怖い……英祐……英祐……
 涙がこぼれてきた。
 ……これから私……一体……どうなっちゃうの…… 
 英祐……英祐ぇぇぇ……――
「起きたようだな、ルナ君」
「!?」
 突然のノック、ドアが開いた。入ってきたのは……坂田……
「坂田……?」
「……すまなかった。楓川が悪いことをしたな。頭は……まだ痛むか?」
「……それより私の力……英祐は……どうなったの……?
 ……一体私……どうなっちゃうのよ……」
 頭はまだ痛い。でも私には、そっちの方が重要だった。坂田は私の問いに答えられる唯一の人物だ。なにしろ、事の、首謀者なのだから。
 坂田は私の前の椅子に浅く腰掛け、少し俯いて、それから告げた。
「……まず謝りたい。すまなかった、こんなことをして。……しかし、私は私がやったことを間違いだとは思っていない。
 ルナ君、君は少し調子に乗りすぎたんだ。君は、確かに私の友人だ。しかしだからといって、君だけを特別に扱うわけにはいかない。私は、日本国民を統(す)べていかなければならない。私は、君をこのまま放っておく訳にはいかなかったのだ」
「……強行手段……ってやつね……言ってた……」
「そうだ、やりたくはなかったが、仕方のないことなのだ。
 君は楓川に捕らえられた。ここは、我が企業の本社ビルの一室だ。君のために用意した。君を、ここに拘束しておくためだ。
 ……英祐君には本当に悪いことをした。誰が殺せと言ったのだ。あぁ、いや、違うよ。彼は生きている、逃げた。楓川が言っていた、部下の半分を昏倒させられた挙句、我が企業の開発した対悪魔用の特殊兵器をほとんど壊されたらしい」
「……英祐……無事なの……?」
「あぁ、誓って言おう。英祐君は無事だ」
「……そう」
 ぁ……あはは……よかった……英祐……無事なんだ……よかった……
 私……英祐が死んだら……もうどうしていいかわからなかったわよ……
 今度は安堵して、そしたら再度、涙が流れでた。
「本当に君と彼にはひどい目に遭わせてしまった。申し訳ない、この通りだ。楓川にはそれ相応の罰を与えておいた。許してくれ」
 坂田は深く私に向かって頭を下げた。
 それを見て、なんだか一人だけ泣いている私が子供みたいに思えて、
「ふん……それで……私の力……私の力はどうなったのよ……」
 そう、そうよ、私の力……私の力……
 強がって、みせた。
「……君の……力か……、それは説明すると長くなるが……」
「いいわよ……聞かせなさいよ……私の力はどうなったのよ……」
 坂田は頭を上げ、しかし尚も顔は俯かせたまま、しばし逡巡した後、話し始めた。
「私が首相であると同時に、企業の会長であることは前にも言ったことがあったな。私はその企業に、このビルの最下層に、君を研究する機関を持っている」
「……私を……研究する機関……?」
「……うむ……。君に黙って勝手なことをしていてすまない。君が放っておいてくれるとも思わなかったのでな」
「……本当……勝手なことね……セクハラで訴えてやるわよ……」
「……ははっ、冗談を言えるのならばまだ余裕はあるようだ……。私も少し話しやすくなるよ……
 さしずめ、そこは悪魔研究機関とでも言おうか。そこで君のことを調べていくうちに、君が力を発する際、ある特定の周波数の波動が君の体から放射されていることがわかった。あの、恐らく君も見ただろう銃器のようなあれは、その周波数の波動を抑える特殊な電磁波を放射するものなのだよ。これで君の力を、我々の思惑(おもわく)通り封じることができた訳だ。
 このビル自体にも、その電磁波が放射されている。最下層の研究機関に巨大な装置があって、ビル丸ごとを包むよう円柱状に電磁波が放射されているのだよ」
「……そう……。そんなもので……私の力は封じられているのね……。坂田……さぞ満足でしょうね……私をこんな風にして……」
 坂田は、そんな私の言葉を聞いて、なぜだか急に目を横に泳がせた。顔を俯かせたまま、気まずそうに言った。
「……いや、これはもともと、君を抑えようと思って作ったものではないんだ……」
「……どういうことよ?」
「……これは……君の……悪魔のクローンを、我々の作り出した悪魔のクローンの力を抑えようと思って作ったものなのだ」
「……へっ?」
 ク、クローン?クローンってあの、羊の……?だってあれは羊じゃ……?
 意味が、わからない。困惑する。……したら頭が再度鈍痛に襲われた。
「っ……いったぁ……」
 頭を押さえて呟く私を無視して、坂田は続ける。
「君の代わりを作り出すという計画は、既に五年前から進んでいた。もはや君は日本政府にとって必要不可欠な存在となっていたからだ。君がいなくなれば当然、犯罪者達は頭(ず)にのり激増するだろう。
 クローンは、そんな君の代わりだ。来るべき時に備えて、我々はそれを作り出した。……まさかこんな形で訪れてしまうとは思わなかったが……
 クローン、便宜上我々はそう呼んでいるが、正確には違うんだ。あれにはな、君の遺伝子と力だけを組み込んで、実際には私の孫娘の体を使っているんだ……」
「孫娘……?孫娘って、亡くなった絵里香ちゃんのこと?」
 五年前に両親と共に事故死した、坂田の最愛の孫娘、絵里香ちゃんだ。私も何度か会ったことがある。絵里香ちゃんが事故死した時の坂田の悲しみようは異様な程であったけど、なんだか今このことを話す坂田も、顔を俯かせて悲しそうだった。
「……そうだ。私は孫娘の体を保存しておいたのだ。そして、彼女の体をクローンの研究に使用した。そして、今、悪魔のクローンは成功した。現に今、このビルの中にいる」
 彼は、終えて、少し黙った。
 ……クローン、私の力を持った、絵里香ちゃんの姿をした私のクローンが、私と同じビルの中にいる……
 ちっともわからなくて、全然想像もできなかった。
 そんなことを考えているうちに、ふっと坂田が顔を上げ、私の目を見て、真剣そのものの表情となる。でもその表情は、いつもの鷲のようなものではなく、むしろ捕食される側のように見えた。
「ルナ君、一つ、教えて欲しいことがあるんだ」
「な、何よ……?」
「それが……そのクローンが……目を覚ました途端に暴れだしたんだ。あ、いや、力は封じてあるから、君の思うような暴れ方ではなくてな……、本当、子供のように、体をジタバタさせて……、あれはなんというか……何か苦痛に蝕まれているような暴れ方だった。
 ……何か心当たりはないだろうか?頼む、教えて欲しい。なんというかだ、割り切ったつもりではいるのだが、彼女が、絵里香の姿をした彼女が苦痛に苛まれる姿を見るのは、私にとっても、苦痛なんだ。
 ……君だから正直に話すが、実際、私が悪魔のクローンを作り出そうとしたのだってもう一度絵里香が元気に動くのを見たかったからなんだ。……あ、いや、今は違う、今は違うよ。彼女は悪魔だ。例え絵里香の姿をしていたとしても……いや、こんなことはどうでもいいんだ。とにかく何か知らないか。知っていたら教えて欲しい。頼む」
 言って、彼は頭を下げ、そのまま黙ってしまった。
 なるほど、なんだかわかった気がした。
きっとさっき見た夢、あれは、このことを私に告げていたんだ。
 きっとそのクローンっていうのは、この世に生まれ出た時、私と同じ思いをしたんだ。ただしさっき見たあの夢のように、力が使えない状況で――この、なんだかよくわからない電磁波が私達悪魔の力を封じているこのビルの中で。
 ならばそのクローンが苦しむ理由は簡単だ。
「坂田、聞いて。きっとそのクローン、力が使えなくて苦痛だったのよ。身のうちにある力が、体中を苛(さいな)んで」
 自分でも信じられないほど落ち着いて、私は言う。もしかしたらこんなにも弱々しい表情の坂田に、少し同情したのかも知れない。
しかし彼はそれを聞いてバッと顔を上げ、驚愕に顔を歪めた次の瞬間、
「馬鹿な!そんなはずはない!我々はお前達の力を封じているのだぞ!力による苦痛など有り得ない!」
いきなり立ち上がり激昂した。
 坂田が困惑する理由はわかる。故に私は敢(あ)えて落ち着きを払って言う。
「坂田、あなた勘違いをしているわ。
 力っていうのは、どこからか沸いてくるものじゃない。最初から私達の体の中にあって、私達を蝕んでいるものなの。
 力を使うって言うのは、その力を自らの体の中で沸騰させるようなもの。沸騰させると、初めて力は体外に放出されて力になるの。
 恐らくあなた達が抑えられたのは、私達が力を操る能力、それだけね。
 力そのものは少しも抑えられていない。坂田、あなた言ってくれたわよね。自分は理解しているって、私が力を体外に放出できないことが、どれだけ苦痛かって」
「っ……そんな……馬鹿な……」
「そのクローンも、きっとそのうち耐えられなくなって発狂するわよ。もちろん、私だって、いずれこのビルの中にいればそうなる。今は大丈夫だけど、いずれ。
 そうなったら、見てなさい、坂田。それこそ何が起きるかわからないんだからね」
「くっ……」
 坂田は強く拳を握り、顔を俯かせた。
 しばし、黙る。
 しかし再度顔を上げた時、彼の風貌はあの鷲のようなものとなっていた。
「どちらにしてもルナ君、君はここから出られぬのだ。ここにいる限り力も使えない。当分君の仕事の代わりはクローンにやってもらう。君と違って従順なクローンにね。もう少し君が反省して態度を改めたのならば、拘束を解くことも考えよう。それまではおとなしくしているのだな。
 君の教えてくれたことは念頭においておく。忠告感謝する。いずれ、我々がそれを解決してやる。
 ではな、ルナ君、我が友よ」
 言って、彼は強い歩調で部屋を出て行った。
 バタンと強くドアが閉められ、そして鍵のかかる音。
 私は再度、一人になった。

             
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