[PR]看護師の好条件求人なら:転職のプロがあなたをサポート!求人多数

      
 東京の街がまるまる一つ火の海になったというのは確かにあった事実だ。しかし東京の街は、今までと何一つ変わることなく元通りに復元されていた。
 高層ビルが無数に建ち、多くのビジネスマンが行き交う様も変わらない。
 確かに見た目では、何も、変わっていない。
しかし変わっていないのは、元通りに復元されたのは、物、だけだ。
 その戦火の爪あとは、今も深く人々の心に残っている。
 生きていた人間の傷は確かに完全に癒えた。が、その痛みや苦しみはいつまでも心に残り続け、更に、既に手遅れで死んでしまっていた人間も、もちろん、いた。特に彼らの遺族の悲しみはとても深く、深く、深い……
 それでもこの事件が、死者7名、負傷者0に抑えられたのは奇跡的と言える。深夜のビジネス街で事件が起きた故、建物内には人が少なかったからだろう。
 今も東京は、変わらず機能していた。

 坂田はこの事件の責任を取って内閣総理大臣を辞任し、楓川と共に政界を去った。
 しかし国民の怒りの矛先は、本来矛先を向けるべき悪魔が死んだ故、未だ坂田に向けられており、近く刑事告訴されるという話も聞いている。
 事件の第二の当人である坂田絵里香は、坂田によってその存在を隠され、どこかに隠れ住んでいるらしい。どちらにしてもクローンの存在を知る一般人はいない。一般人はあの事件の際にいたもう一人の悪魔のことを、『悪魔』が力を使って生み出した分身である、と思っている。
 坂田と、坂田絵里香と、楓川とは、もう長く会っていない。
 
 …………………
 …………
 ……お嬢様の亡骸は、崩れた坂田のビルの瓦礫の上で見つけた。坂田のビルだけは、恐らく力を封じる電磁波の効果が影響しているのだろう、復元を受けずに崩壊したのだ。
 お嬢様の体は何一つ外傷もなく、まるで傍目から見たら眠っているだけのように、生前の美しさそのものを保っていた。
 ……しかし、お嬢様の顔は、悲痛にも歪められていた。……死の恐怖……によるものだ。
 彼女の背には未だ、悪魔の、漆黒の翼が、まるで何かの呪縛のように、生えている。
 
 椿(つばき)様――いや、もうサバトは半ば崩壊した、お婆様、でいいだろう――お婆様は、西洋のサバトに無理を通して、私のもとにお嬢様の亡骸を置くことを許して下さった。お婆様には、感謝しても感謝しきれない。
政府関係や裁判所の方も、坂田と、そして楓川の助けも借りて、得意能力保持者特別措置局――悪魔に関する仕事を受け持つ役所、の新しい局長に、悪魔はもう死んだ、と納得させ、今後一切公的機関がお嬢様に触れぬことを承諾させた。
 この点においては、二人には感謝せねばならない。

 私は彼女と共に住んでいたマンションを引き払い、珀永家の別荘、山の奥の洋館に移り住んだ。もちろんお嬢様の亡骸と共に、だ。
 お嬢様の亡骸は、私のいつもすぐ傍に置いてある。
 歪められていた顔は和らぎ、彼女は本当に眠っているかのように、安らかだった。お嬢様の亡骸は、透明のガラスの棺に入れられている。
 私は毎日、ただ、彼女のそばだけにいた。
 
 新しい家に越してすぐ、お婆様が訪ねてきた。
 彼女は、私を見、何も言わず、その後ガラスの棺の前に立ち、お嬢様の頬にガラス越しに触れた。
 しばし黙った後、
「……あなたはいっつも……人を悲しませてばっかりよ……
 ……でも……本当に感謝しているわ……。ありがとう……。私の最後の肉親を助けてくれて……。
 ……ありがとう……そして……ごめん……なさい……
 ……英祐、もう帰るわ。
 自分のことは、自分でやりなさい。長くはサバトもあなた達の面倒は見ていられないから。
 じゃあね」
そう言って、それ以降、彼女が訊ねてくることはなかった。

 事件から二週間が経った。
 山奥の、人気(ひとけ)の皆無の洋館に、一週間ぶりに来訪者があった。
 楓川だった。
「……告訴が取り下げられた。私、だけがだ。首相――ぁぁ、坂田様は、未だに裁判に決着がついていない。
 ……私にもようやく時間ができたのでな。君には悪いかも知れないが、すまない、一度だけ、会わせてくれ」
 楓川はお嬢様の棺に近づき、しばし彼女の顔を見ていると、突然にドンと棺の近くのテーブルに拳を叩きつけた。
 そして言った。
「……英祐、私を殴れ」
 私はしばし間を置いて、楓川の頬を殴った。
 彼は、びくともしなかった。
「……本気で殴ってくれ」
 言われたとおり、今度は本気で殴った。
「ぐっ……!」
 楓川は、倒れることなく踏みとどまった。
 そして言う。
「……これでおあいこだなんて言わない……許してくれとも……言わない……
 ……すまな……かった……」
 楓川はもう一発、拳でテーブルを殴りつけた。テーブルが一瞬軋みをあげ、楓川の拳からは、一滴の血が滴り落ちた。
 彼もまた、以降、姿を現すことはなかった。

 一週間、また一週間と過ぎていく。
 私は虚無の時間を過ごしていた。
 お嬢様の欠けた生など、私にとっては無に、等しかった。
 何も考えず、何も感じずに、私は日々を、ただ、生きていた。

BACK NEXT

戻る


[PR]車のドレスアップ代を稼ぐ:携帯で1日1万円収入も可能です