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「私は納得できません。あそこでなら簡単に悪魔を捕縛できたはずです。なぜ止めたのですか」
 悪魔――ルナティカが私のもとを訪れたその日の夜、私は首相官邸を離れ、都内のとあるビルへと向かった。
「楓川君、言っただろう。私と彼女の付き合いは長い。彼女に忠告したのも、彼女を本気で思ってのことだ。できれば、彼女と一緒にこれからもやっていきたかった」
 私は政界に出馬する前、とある企業の会長を務めていた。政界人となることでその職は退いたが、それは表だけのこと。実質、私は日本国総理大臣という表の顔と、その企業の会長という裏の顔を持っている。
「私はどうもあいつは虫が好きません。万能の力を持っているからといって、その力を盾に好き勝手やっている。昔はどうであれ、今は悪魔といえど法の下にあるべきです」
 私と共にその企業の本社ビルの地下へと向かう、楓川君、彼もまた、表と裏の顔を持つ。表は、得意能力保持者特別措置局――要は悪魔に関する様々な手続きを一手に任されているところだ、それの局長という顔。そして裏は、我が企業の研究主任、という顔だ。
「……ふむ。そうだな。私もいい加減愛想が尽きてしまったよ、彼女には。いや、愛想が尽きたというより、もうこれ以上手の打ちようが無くなった。彼女のためだけに法は改正できない。私にはまだまだ成すべきことがたくさんある。彼女が譲歩してくれぬと言うならば、もうこうする他ないのだよ」
 こう言って、自分を納得させる。正直こんなことはやりたくはなかった。彼女のことは本当に、心から好いているのだ。しかし国民のため、そのことを思うならば、致し方ないのだ。
「えぇ、そうです。首相のなさることは正しい。あの悪魔に思い知らせてやる」
「そう、だな。少し、思い知ってもらおう」
 最下層へとエレベーターが到着し、扉が開く。
 ここは研究室だ。我が企業の科学と技術の全てを尽くした、日本で恐らくただ一つの――
 ――悪魔研究機関だ。
 ここには、ありとあらゆる彼女のデータが集められている。彼女が仕事をする際、彼女が力を放つ際、我々は極秘に彼女を観測し、彼女の力の源などを探り当てた。また、彼女の体の一部、髪の毛などを採取し、彼女の遺伝子さえも解読した。
 そして、それら全てを結集させて生み出した、我が研究所最大の成果が――
これだ。
 研究所の最奥部、そこにいる私の目の前には、巨大なカプセルが置かれている。そのカプセルの中で、培養液に浸って、一人の少女が眠っている。
 歳は、十六。長く美しい黒髪、ふくよかな胸、しかしどこかあどけなさが残る、可愛い――
 ――私の孫娘……
「……絵里香……」
 私は、カプセルに身を寄せ、愛しいその名を、呼んだ――
「首相!」
 ――瞬間、楓川君の声。彼が私を咎めた。
「っ……」
「首相、これは絵里香様などではありません。ここにいるのは、悪魔、それ以外の何者でもありません」
 っ……そうなのだ、その少女の背からは、巨大な漆黒の翼が生え出ているのだ。
「っ……いや、そうだったな。すまない、また取り乱してしまった。確かに、こいつは悪魔だよ。それ以上でも、それ以下でもない」
 ふぅっと息を大きく吐き、心を落ち着かせる。
 そう、目の前のカプセルの中にいるのは、悪魔。正確に言うならば、彼女――ルナティカ=エンシエント=デビルの、クローン。彼女の体の一部から採取した遺伝子によって、作り上げたのだ。
 しかしもっと厳密にいうならば、これはクローンではない。クローンとして生まれさせ一から育てるには、悪魔は時間がかかりすぎる。文献によるとルナティカは、十代前半という外見に反して、少なくとも1000年は生きているのだ。
 そこで私達は、彼女の遺伝子のみを、力のみを、別の体に組み込むことにした。その別の体として利用したのが、五年前、息子夫婦と共に事故で死んだ、私の孫娘だ。私は、幸い外傷が少なかった孫娘の死体を、完全に体機能が停止する前に我が研究所に保存していたのだ。
 確かに目の前の少女、容姿は私の孫娘だ。しかし、これの持つ意識や、力は、完全に悪魔のもの。孫娘は、単に器でしかない。
 私はそう割り切っている。たとえ今のように、時折取り乱したとしても、だ。
「それで、この、クローンの方はどうなのだ?楓川君」
 我々は、これのことを、クローンと称している。
「はい。もはや準備は完璧です。拒絶反応など、そんなものは悪魔には心配無用でした。全てが、完璧です。これが悪魔の力なのです」
「そうか、それはすごいな。楓川君もよくやってくれたよ。
 それでは、予定通り、今日出してもよいのだな」
「……えぇ、問題、ありません」
「そうか……では早速、そうさせてもらおう。
 あぁ、そうだ、楓川君、その前に」
「わかっています。クローンは首相におまかせします。私は、オリジナルの方を」
「……さすがだ。では頼んだよ」
 楓川は幾人かを引き連れて、研究所を後にした。
 残ったのは、私と、数人の研究スタッフのみ。
 私は、今一度、カプセルの中で目を閉じている……悪魔……に目をやった。
 この瞬間を、私はどれだけ望んでいたことか……
「……さて、では始めようか」
「はい。
培養液排出、生態維持装置ダウン、取り外し完了。カプセル、開きます」
 カプセルが、開く。悪魔が、その肢体を床に投げ出す。
 ――悪魔が、目を見開いた。
「……おはよう、悪魔。
 私は、日本国内閣総理大臣だ」
 
                 

  
                             
二章 嵐の前 終

                
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