私は東京郊外の、それにしては比較的高級なマンションの最上階に住んでいる。ちなみに15階。
 私が日本に来たのは第二次世界大戦後、それから幾度か住居を転々として、今はここに落ち着いている。住民の理解が比較的あるんだ。
「あら、お帰りなさい、ルナちゃん、と英祐君。先日はすごかったわね、ご苦労様」
「ありがと、おばちゃん」
 こんな感じだ。ちなみに彼女は私と同じ階の人。どこかの実業家の奥さんみたい。
『お帰りなさい』『ご苦労様』だって。いつもはこんな言葉聞き流すんだけど、さっき――坂田があんなこと言った後にこういう言葉を言ってもらえると、結構うれしい。まだまだ私は日本でやっていけるかな、って思えてくる。別に日本国民に支持されようなんて思ってはいないけどね。されないよりはマシかなぁ、ってだけ。
「お帰りなさい、お嬢様、お疲れ様でした」
 英祐が先に家のドアを開けて、私を迎え入れてくれる。
「すぐ食事にしましょう、用意します」
 帰ってすぐ、彼はスーツ姿のままキッチンに向かった。別にスーツが彼の普段着ってわけじゃなくて、帰ったらもう夜の8時を回ってた、っていう理由からね。私もお腹がすいちゃった。悪魔だって食事くらいはとるのよ。とらなくても平気だけど。
 私の家、外見が高級マンションだけあって、中も結構豪華。数々の調度品を、全体的にアンティーク風にまとめてある。シャンデリアなんかもあったりする。その中にいる私も、普段からゴシックロリータ――黒を基調としたフリルでひらひらの服を愛用して着ている。そんな家の中はまるで、中世ヨーロッパの貴族の館のよう。まぁ、これは私の趣味。趣味っていうか、習慣っていうか。日本に来てから50年以上が経(た)つけど、かなり長くヨーロッパに住んでいたせいか未だにこれじゃないと落ち着かない。
 自室――これまた中世ヨーロッパ風、ちなみにぬいぐるみなんかも多数置いてある――に戻り、ある程度おめかしをといて、服をよそゆきのものから少し軽装なものに着替えて、自室を出てリビングに戻ると――
「わぁぁ……」
こんな短時間で一体どう作ったのか、テーブルには色とりどりの料理が並べられている。だいたいが洋食、少しだけ和食が織り交ぜられている。どれもとてもおいしそう。思わず感嘆してしまった。
「出かける前に大方準備しておきました。多少味は落ちているかもしれませんが」
 英祐がキッチンから出てくる。料理の合間に着替えたのかな、いつのまにか私服に戻っている。
「ありがとう、英祐。じゃあお腹も減っていることだし、いただきましょうか」
 二人席についてから、遅めの夕食をとる。
「うん、味が落ちているなんてそんなことないわ。おいしいわよ」
「……まだまだ父には敵いません。彼なら同じ時間でももっと良いものを作れたでしょう」
「そうかしら。私には変わらないように思えるんだけど」
「……ありがとうございます」
 言うが、英祐はまだ釈然としないという表情だ。
 英祐が私の従者になったのは二年前。
 第二次世界大戦後に日本に来た私は、私のバックの団体――サバトの日本人家系から一人の男を従者として迎え入れた。その人が英祐の祖父なんだだ。以来、私は珀永の家から従者を募っている。英祐はその三代目に当たる。二代目従者、珀永早正(そうせい)父さん、早正さんが病気で早くに亡くなって、代わりに彼の息子の英祐がこの若さでサバトから派遣されてきたのだ。
 日本人で知り合いと言えるのは、日本国首相の坂田を除けば、この珀永家の人達だけ。そして今は、草正さんも死んで信頼できるのは英祐だけ。
『日本国民は君を恐れている。人類滅亡を招く者としてね』
 坂田……の言葉が脳裏をよぎった。結構気にしているんだなぁ、と思いつつ、
 日本人というのは信仰心が薄いって聞いていたのに……
 なんて思ったりもした。
 ……目の前にいる日本人、英祐はどう思っているんだろう?
 唐突に思って私は、質問の形を少し推敲しながら、食事をとる手は止(と)めずになんでもない風を装って聞いてみた。
「……ねぇ、英祐、あなた神様って信じてる?」
 英祐が食事をとる手を止めた。私の顔を、見た。
 ……なんか直接的なんだか間接的なんだか、かなり両極端な質問になっちゃったわ。
 私が今さらながら後悔していると、
「……気にしているんですね。あいつの言ったことを」
図星を指された。
 あ、あちゃぁ……と軽く苦笑いしてみせる。
「え、えぇ、まぁ、少しは――」
「……神様は、信じていません」
「……えっ?」
 唐突に、彼は真剣な顔で話し始めた。
「なぜならば、私にとっては、幼い頃からお嬢様が――悪魔が信仰の対象であったからです。
 ……お嬢様の思われていることの解答になるかどうかはわかりませんが、正直に話します。
 私は、幼い頃から悪魔の話を聞かされていました。文献や、伝承、そして近代的となった今では映像として、悪魔を崇拝するよう教育されていました。
 私は悪魔を崇拝しました。しかし同時に、それは畏怖であったことを認めざるを得ません。幼い私は、毎夜悪魔の夢にうなされていました。いずれ悪魔の従者になるためと行った修行も、むしろその際に悪魔から身を護るため、と私自身は思っていたくらいです。父が悪魔の従者として生きていることを知ったとき、私は……父が何時(いつ)いなくなってしまうかと、いつも怯えていました。
 ……父が亡くなって、私が彼の後を継がねばならなくなった時、私は心底から恐怖しました。父が病気で死んだことはわかっていました。それなのに……今度は私の番だ、と怯えていました。
確かに、私は悪魔を怖れていたのです」
 強く、はっきりと、英祐が言葉を紡いでいく。そんな中でも、英祐が私のために言葉を選んでくれているのが察せられる。私が、人を殺すことを心底恐れているのを知って、そういう言葉を避けてくれている。そんな心遣いが、素直に嬉しい。
「しかし、今は違います。悪魔と……いえ、お嬢様と一緒にいて、過ごして、そんな考えは愚かなものだったと知りました。
 お嬢様は、素晴らしいお人です。恐れるべき存在などでは決してありません。私は少なくとも、そう、断言できます」
「……そう、ありがとう……」
 恐れるべき存在ではない、そう言ってくれたのは嬉しかった。少なくとも目の前の英祐は、私のことを恐れていないんだ。
 そう、それは確かに嬉しいんだけど……
「でも……ということはやっぱり……大部分の人は私と出会う以前のあなたのように……私を恐れているのかしら……」
「そう……かも知れません。
 しかし、お嬢様もおっしゃったではありませんか。日本国民など関係ありません。大切なのはお嬢様がどう思っているか、そして、お嬢様が本当に恐れるべき存在であるかどうか、それなのです。そして私はわかっています。お嬢様は、絶対に人類の滅亡を招いたりはしない」
「……絶対に……そうかしら……」
「えぇ、そうです」
「そう……かな」
「えぇ」
 そうよね。私は絶対に、人類の滅亡を招いたりはしない。だってする必要がないもの。私が望むのは、破壊することだけ。人だって、絶対に殺さないと心に誓っている。
 言いたい奴には勝手に言わせておけばいいんだ。恐れる奴は、恐れていればいい。
 うん、そうしよう。だって私には、こんなにも私のことを信じてくれる人がいるんだもの。他の人なんか関係ないわ。
「……ありがとうね。英祐。そしてごめんなさいね、せっかくのお料理冷めちゃった」
 私は辛気臭い雰囲気から一転、明るく振舞う。
 英祐もそれに気付いたらしく、
「お嬢様、私の料理は冷めてもいけるのですよ?これに関しては父も敵わないと思います」
笑顔で私に皿を勧める。
「そうなの?どれどれ、あ、本当、おいしいわ」
 楽しい食事。満喫する。
 本当に、英祐は優秀な従者だわ。
 そしてそれ以上に、きっと素晴らしい人だわ。


        
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