
「時間どおりだな、ルナティカ=エンシエント=デビル。狂った古(いにしえ)の悪魔」
「……どうも。いきなりどうしたの?改まって私を本名で呼ぶなんて。そんな仲でもないでしょ。いつもどおりルナでいいのよ、日本国内閣総理大臣?」
首相官邸に入ればいつものようにこの部屋に通され、そしていつものように、目の前の仕事机(デスク)には日本国首相が座って構(かま)えている。
日本国首相、本名、坂田信也(しんや)。尖った風貌と刈り上げられた白髪が特徴的な、どことなく鷲のような年配の男だ。
私はこれもいつものようにデスクから少し離れたソファーに腰を下ろす。
私が腰を下ろすのを待つこともなく、日本国首相――坂田は既に話し始めている。
「ふっ、少し大事な話をしようと思っているからな、少しかしこまってみたのだよ、でもまぁ、いつもどおりでよいか。ルナ君。もちろん私のこともいつものように坂田と呼び捨てていいのだよ」
「首相!ですからそのような呼び方は――」
坂田の傍らの男――先日の仕事の時の総司令、が坂田の行為を咎めて言う。この人、実は私専属のお役人さんで、要は私――悪魔に関するお役所の仕事、全て受け持っている人だ。私が首相と会うときは、いつもこの男が護衛として立っている。聞く話によると、そうとう腕が立つとか。
「まぁまぁ、楓川(かえでかわ)君。許してくれ。日本国首相といえど彼女には一目おかねばな」
「っ……」
「それはどうも」
「あぁ、それはそうとルナ君。相変わらず君はここに来る時もその派手な黒いひらひらの服を着ているのかね?ゴスロリ……といったかな。目立つだろう、その服は。欧州生まれの君のその幼い容姿にそんなものを纏わせていたら。おまけに背後にそんな厳しい目つきの青年を連れていたら。どこかの外国のお嬢様かと思われて次の瞬間には、君の顔は世間様によく知れているからな、次の瞬間には、『悪魔!』と叫ばれてしまうよ?つい最近君は世間様の目に触れたばかりだから余計だ。あぁ、先日はご苦労様だった。無事、死者の一人も出ずに解決したよ」
坂田は得意の話法で、総司令の咎めの言葉を黙殺、更には私に際限なく話し続ける。
――私の後ろにいる『厳しい目つきの青年』、彼は珀永(はくなが)英祐(えいすけ)。英祐。18歳という若さで私の従者に任命されたすごい子。任命されたっていうのは、私のバックには昔からサバトって呼ばれる悪魔を崇拝する代々の家系から成る組織があって、そこからってこと。従者っていうからにはやっぱり武術には長けてるみたい。あとなんだかんだで家事も。ちなみに彼は日本人ね、私は西欧人。
私と首相がとりとめのない会話をしている間も、彼と、そして総司令が互い睨み合っている。何かあったらすぐに、私と、坂田、それぞれを護れるように。二人ともスーツ姿だけど、そんな威圧感があってちっともそれが似合っていない。二人とも背が高いから、それを除けば結構似合ってるはずなんだけどね。
「――ということで私も最近は大変なのだよ。支持率も落ちてきているしね……
……そう、支持率が落ちているのだよ……ここのところ……
……本題に移ろうか」
「ようやく、ね」
長かった坂田の話が終わり、ようやく彼が表情を少し固くした。真剣となる前触れだ。このときこそまさに、彼は鷲の容貌になる。
「私坂田内閣への支持に関して、国民からNHKやらがアンケートをとったのだが、どうやら私の支持率が下がった大きな原因は君にあるらしい」
「……」
「君の悪魔の風貌、全てを破壊する万能の力……何かと君に対して理由をつけて非難しているが……、恐らく国民は不安がっている。君を、恐れている。ノストラダムスの大予言、1999年、人類の滅亡を招く者としてね……」
大真面目に、坂田は言う。
……またそれか。
「何を言っているの?あなたまで。馬鹿馬鹿しい」
「いや、君が馬鹿馬鹿しいと思っても、国民が本気でそう思っていればそれで駄目なのだよ。国あっての君だからね、今の君は……
……いや、君とも長いつきあいだ。
思えばバブル崩壊後、日本は無法地帯となった。凶悪犯罪が多発し、国際テロという新たな敵とも立ち向かわなくてはならなくなった。新たな指導者が必要となった。私が、首相となった。いや、むしろ押し付けられた。そんな時代に日本を取りまとめる重要な位置に立つことなど、皆、嫌だったのだ。
私は苦悩した。世紀末、こんな崩れかけた日本を、私はどう立て直していけばよいのか。
そんなとき、私は君に出会った。日本でひっそりと暮らしていた君は、私の頼みを聞き入れてくれた。結構大変だったよ、君を議会や国民に承認させるのは。しかし君が出てきてくれたおかげで、犯罪は格段に減った。国民は、君を崇拝した。私の支持率は、上がっていった。私から見れば、君は悪魔ではなく天使そのものだったのだよ」
「……ふーん、ありがと」
「それから10年、私は首相をやり続け、そして、君もまた、私と一緒に長くやってくれているわけだ」
「ふーん……、それで?」
「いや、私が言いたいことはだ。君を辞めさえる、なんてことは言わない。ただ、もう少し自粛する気はないかね?君の、破壊行為を。
君の破壊衝動の抑えがたさについては、十分に理解しているつもりだ。その身にあまる力、体外に放出せねば苦痛をも生じてしまうことも。
しかしだ。今は時代が変わった。バブル崩壊時、建物は破壊されようと、むしろそれは取るに足らぬことであった。結局完成せずに撤去を待っていたビルでさえ無数にあったのだからな。しかしそれももうない。今の経済は、こつこつと積み上げてゆくものだ。君のように事が起きる度にを何か破壊していくような存在は、煙たがられる。人類滅亡がどうこうより、そちらの方が問題だと私は思う。
これはむしろ忠告だ。もう少し、破壊行為を自粛してくれ。さもないと国民達がいずれ何をするかわからない。そして私も、何らかの策を君にとらざるを得ない。
これは、君のためでもあると思うのだが」
彼は私の目を見て言う。その様、口調は穏やかだが、まるで鷲の獲物を威嚇するかのよう。
だけど――
そんな話、まったくもって興味はない。彼が昔どうだったか、なんて。そして、彼の忠告だって。先日総司令にも言われたしね。
私はそんな彼の目をまるで無視して、ソファーの上で脚を組みなおして、そして、彼の目を睨み返して言った。
「そんなこと、私には関係ないわ」
「なに……?」
「私があなたに感謝しているとでも思っているの?それは大きな間違いよ。私はあなたがいなくとも別に日本で暮らしていける。破壊衝動、抑える気なんて毛頭ないわ」
「……っ、本気かね」
彼は、そんな私に腹を立てたのか、静かに、清流のごとくに、しかし怒りだす。
「君の破壊衝動……日本政府の承認がなければ好きなように力を放つこともできぬのだよ」
「あらら?好きにやっちゃってもいいの?それならもっと派手にやってあげるけど。それに、別に承認されなくとも私は破壊行為をやるわよ。昔のようにね」
「……国民が、黙っていない。政府もな」
「あらら、私の力に対抗できると思っているのかしら?あなた達ごときが――」
「くそっ!黙っていれば勝手なことを!」
叫んだのは坂田ではなく、その傍らの総司令だ。ダンッと一歩踏み出し、私の胸倉を掴もうとする――
その瞬間――
「……触れるな。お前のような下賎なものがお嬢様に」
「っ……お前……」
さすが私の優秀な従者、英祐が、一歩踏み出して総司令の腕を掴み上げていた。
「楓川君!やめないか!まったく、君はすぐに手が出ていかん」
「っ、しかし首相」
「いや、いいんだ……楓川君……。ここで強行手段をとっても何にもなるまい。下がってくれ」
「っ……」
言うと彼は、腕を振っただけでいとも簡単に英祐の拘束をほどき、首相の傍らに戻った。
英祐も、先程からまったく変わらぬポーカーフェイスで私の傍らに戻る。
「ありがとう、英祐」
「……私はお嬢様の従者ですから」
こんな風に言って、さり気なく胸の鼓動を早めるところはまだ子供っぽいかな。恥ずかしがってる。もちろん、かすかな胸の動悸の差異なんて私以外には聞こえないでしょうけど。
そういえば、坂田、いつのまにか動悸が治まっている。怒りは消えたらしい。
私の目を再度見て、言う。
「いいかね、とにかく忠告はした。君は少し自分の身をわきまえた方がいいと思うよ。
できれば後日、また話をしよう。手間をとらせて悪かったな。ではな、我が友よ」
「そういう仲、ってのはビジネスの仲って意味だったんだけど。まぁいいわ。じゃあね、ばいばい坂田」
私はソファーから腰を上げ、英祐は背後のドアを開け、共に部屋を後にする。
「ルナ君……また後日」
最後に、坂田がそう言って微笑んだのがわかった。
なによ……気持ち悪い……
私はその笑みを、そう感じた。
そして――
そんなに私って疎まれる存在なのかしら……こんな時代になっても……。まだ絵空事――人類滅亡なんてものに関連付けられて……。まるで魔女狩りの時みたい……
魔女狩り、その時期のことが思い出されて、私は、
「はぁぁ……」
嫌になってため息をついた。
「どうしました?お嬢様?」
英祐が、先程からのポーカーフェイスからは想像もできないだろう、心配そうな顔をして、身長差50センチはあろう私の顔を見下ろす形ではあるが覗く。
「いえ、どうもしないわ、英祐。
人類滅亡を招くのが私だなんて馬鹿げている。そう思っただけよ。私は人も殺せないっていうのにね。あの日以来……」
言って、私の肩が小さく震えた。少し、思い出されてしまったからだ……。あの日の……光景が……
……ぅ。
嫌だわ……怖いわ……今でも……やっぱり……
……でも、私はそのおかげで、今人を殺さずにいられる。
だから――
「私が人類の滅亡を招くだなんて、馬鹿げているわよね?英祐」
「……えぇ、その通りです」
英祐は微笑んでくれた。
まだ胸にわだかまりは残っているけれども、私は少しだけ安堵して、そして二人で首相官邸からの帰途についた。
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