
弟子は師を、子は親を
| 久方ぶりに人間の里に下りて来た折のことである。 「もし」 突然掛けられた声、その主の姿に、私は正直驚きを隠し得なかった。いや、確かに人間とは輪廻転生する生きものであり、知己の者の生まれ変わりと現世で出会っても何ら不思議では無い、とわかってはいるが、いざ実際に会ってみるとなかなかに衝撃を受けるものである―― 住朗(じゅうろう)は我が白玉楼の道場の弟子の一人であった。二十代後半の姿をした、比較的若くして現世を去った霊であり、それ故か、かなりの難物であった。現に彼が初めて白玉楼の門戸を叩いた時も、その表情は悔悟の念ばかりに満ちていた―― 人間の里で出会った彼は、まず自らを住衛(じゅうえい)と名乗った。そして私に、優れた剣士とお見受けする、是非とも自分の道場を見て欲しい、と言った。住衛は三十代半ばの屈強な男であり、腰には刀を据えていた。驚くべきは彼から発せられる気の力であり、常人のそれを遥かに凌駕している。鍛えられた肉体と剣技も相まって、低級の妖怪となら相対できる程の実力かと思われた。 道場か。私はわずかに逡巡した後、我が名は魂魄妖忌である、是非とも見せていただきたい、と軽く頭を垂れた。 この里は少なからずある人間の里の中でも比較的規模の小さい方である。それ故、年に幾度かは近隣の里に、最低限生きるための物資を調達しに行かねばならない。その際、まれにだが妖怪に襲われることがあるという。そのような危険から自らを、そして里の人々を護るために、私は道場で剣を教えているのです、と住衛は言った。 小さな道場であった。門下は十人程で、そのうち半数以上は子供である。剣術を教えるかたわら算術なども教えているそうで、半ば私塾と化しているようである。その中で真に志のある者だけが、残りの二、三人の青年の門下達のように、里の人々を護るべく立派な剣士として育っていくのだろう。 しばらく稽古を見ていたが、住衛が一つ子供達に稽古をつけてやって下さらぬかと言うので、了承した。稽古は構えた住衛に対して門下達が木刀で打っていくというものである。私は門下達の半分を引き受けた。かん、かん、と木刀同士がぶつかり合い、響き合う音が道場に木霊する。かん、かん。 ――我が白玉楼の道場の門下となった住朗の上達ぶりには目を見張るものがあった。稽古には真摯に取り組み、稽古時間外の鍛錬も欠かさなかった。何より、剣の重さが他の門下達とは違った。白玉楼の霊達は皆一様に浮かれているが、彼だけはその点において異質であった。彼は稀にではあるが、唐突に稽古を休んだり、突然稽古中にいなくなったりした。稽古で私に剣を打ち込んで来る時も、彼の目は私ではない、どこか遠い所を見ていた。 ある夜、住朗が唐突に稽古を休んだ日の夜のことであるが、突然妖夢が私と散歩に行きたいと言い出した。子供はもう寝る時間だと言っても、新しい道を見つけた、一緒に行こう、と言って聞かず、ついには私の折れるところとなった。 確かに彼女が案内したのは普段あまり立ち寄らぬ庭の外れの桜並木道であった。霊界の月が禍々しく晩夏の桜達を照らし、白と黒の影絵さながらの無機質な景観を演出していた。 ふと、木々の向こうに人の影を見つけた。妖力を察してみれば、まごうことなき住朗である。 妖夢が、 「私、眠くなっちゃったから先に帰りますね」 と、足早に楼閣の方へ戻っていった。 私はしばし逡巡した後、住朗のもとへと近づいていった―― かん。 「魂魄殿」 住衛の声で我に帰ると、私の目の前で子供が一人木刀を構えたまま佇立していた。困惑しているようである。住衛がははと笑う。 「子供は人の心の機微を感じ取る能力に長けています。剣術にも必要なそれは、私何ぞが十数年程度修行して得られるものではありません。 魂魄殿、宜しければ私と一度立会いをして下さらぬか」 申し訳ないが、妖力は使わないでやって下さい、子供達が怖がるし、何より私が恐ろしい、と彼は小声で付け加えた。私はしばしの間を置いた後、是非一本やらせていただこう、と答えた。 門下達は脇に一列に並び、道場はしんと静まりかえる。私と住衛は中央で対峙し、そして、どちらからともなく木刀を振るう。 かん、かん。……剣術はまだ未熟である、身体能力もまだまだ鍛え上げる余地がある。しかし何であろうか、この剣の清廉さは。この剣に込められた一途な思いは。これほど明瞭な目的をもって振るわれる剣を、私はかつて見たことがあっただろうか。……これがあの、住朗の生まれ変わりの住衛の剣であろうか―― 住朗は、あの夜私に全てを話した。 彼が生前、家族を妖怪に襲われ失くしたこと。その圧倒的な力を前に、何もできなかったことを苦に自死するも、結局何からも解放されなかったこと。 そうして、己の無力さを呪いここで修行をさせていただいているも、彼女らの、家族のいない今となっては、私は何のために修行しているのか、それ以前に、私は何のために存在しているのか、わからないのです。彼はそう言って拳を握り締めた。私はしばし目を閉じ、そして次に目を開けた時、明瞭に答えた。 「無意味などではない。必ず次がある、次に繋がる。少なくとも、お前の家族の犠牲が決して無意味ではないことを悟って欲しい」 住朗はそれきり口を閉ざした。 ……次の日、住朗は転生した―― ――住衛の一念の込められた剣、それは護る剣である。無理に攻めず、しかし決して退かない。勝つためでなく、絶対に負けぬための剣。そして、人の命を護り、そのために自らの命をも護り続ける剣。それが、住郎の生まれ変わりの、住衛の剣。 ……ならば私の剣は一体…… 「つ」 住衛が倒れる、がすぐにまた立ち上がる。今のは剣術を持ってしてではない、私が人外の筋力を持ってして鍔迫り合いから無理に押し倒しただけである。 「父上!」 いつのまにか、住衛の後ろには女性と、彼女の抱く赤子と、そして少女がいた。父上と叫んだ少女は住衛の前に立ち、果敢にも自らの木刀を私に向けた。実に良い目をしていた。私は思わず頬を緩めずにはいられなかった。 木刀を下ろし、少女の頭をくしゃと撫でる。そうして、そろそろ失礼する旨を住衛に伝えた。 「まだまだお見せしたいものがあるのですが」 「いや、もう十分に見させてもらった」 「そうですか。では御達者で。……妖忌さん、今までありがとうございました」 「……うむ、住朗、今度は悔いのないように生きよ」 弟子はいつか師を越えるか。そして子は親を…… |