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 十数秒程後である。博麗大結界を覆っていた爆煙が消えていき、徐々に視界が晴れてくる。先程の爆発に巻き込まれ吹き飛ばされていた藍と橙は、うぅと唸りつつ地面から顔を上げた。
 大結界は……無事である。さすが、あれ程の妖力をまともに受けながら、傷一つ付いていない。彼女達はほっと胸を撫で下ろす。
 だが次の瞬間、彼女達は仰天する。ぴし、という亀裂音と共に、大結界にひびが入ったのである。前言撤回である。やはり博麗大結界と言えども、あれだけの妖力には耐えられなかったのだ。次、同じ攻撃を受ければ、今度こそ大結界は崩壊する。
 呆然とする藍と橙に、結界とは対照的に、あれだけの攻撃に巻き込まれながら擦り傷一つ負っていないプリズムリバー三姉妹が近づいてきて、せせら笑う。
「さっすが妖忌さん」
「格好いいよねぇ〜」
「……というより、博麗霊夢がいなくなったとは言え大結界がこの様とは、不甲斐ないのは八雲紫ね」
 藍と橙の獣耳がピンと立つ。次の瞬間二人は、コンマ零秒とたがわず同時に飛び起きてプリズムリバー三姉妹に襲い掛かっていた。
「あんた達こんなことしてただで済むと思ってんの!」
「何?私達はただお嬢様に会いたいだけよ?」
 メルラン、リリカの弾幕に、橙は近接攻撃に弾幕を加えて応戦する。
 対してルナサと藍との方は、双方激しい弾幕戦である。
「解せないね、何故お前達がそこまで幽々子様にこだわるのか」
「……式のくせに、主を失った妖夢ちゃんの気持ちがわからないの?」
 弾幕のわずかな隙間を縫って距離を詰めた橙が、メルランに鋭い爪を振り下ろす。だが、
「にゃ!?」
何と軽く片手で受け止められ、更にはリリカの蹴りによって数丈(約5、6メートル)先まで吹き飛ばされてしまったのである。
 うそ、と驚いたのは藍の方である。いくら式としての力が落ちていたとしても、橙が得意の近接であそこまで圧倒されるとは、という寸法である。彼女は妖夢と三姉妹の手にした西行妖の力を見くびっていたようだ。
「弾幕中に余所見なんて、愚かね」
 圧倒されているのは藍もである。橙に気を取られたとは言え、容易にルナサのヴァイオリンの接近を許した彼女は、それから放たれた衝撃波を受けて吹き飛ばされてしまう。
 そうして二人は、いとも簡単に地に伏せられてしまう。力の差が有り過ぎるのである。
「藍さまぁ、あいつら強いよぉ」
「……悔しいが、そのようだね……」
「……で、式として、妖夢ちゃんの気持ちはわかったの?だったら早くお嬢様がどこにいるのか言いなさい」
 プリズムリバー三姉妹が迫ってくる。藍は、ゆっくりと手負いの体を立ち上げた。
「わかるけど、わからないね。私なら、紫様が外道に進もうものなら、引っ叩いてでも止める。そして、それがもとで幻想郷から拒まれてしまったのならば、私は、彼女の代わりに幻想郷の秩序と安定を司る役を務めよう。例え、その責務がこの身には過ぎたものだとしても。それが、主を失った従者の務めだ」
「……橙も、藍さまがそう言うのならそうする」
 そうして、橙もまた立ち上がる。二人してプリズムリバー三姉妹をきっと睨み付ける。それに耐え切れなくなったのか、それとも単に持ち前の陰鬱な性格のためか、ルナサがすっと目を伏せた。
「……戯言ね」
 藍と橙が不敵に笑う。
「それはどうか、な!」
 不意に飛び掛ってきた橙に、メルラン、リリカは思わず不用意な回避行動を取る。そこに時を同じくして放たれた藍の九つのレーザーが、直撃とはいかぬまでも彼女らの腕や足をかすめる。そして、二人とは違い冷静な判断の上で動かなかったルナサは、正面から馬鹿正直に襲い来る橙を弾幕で迎撃しようとする。だが、
「遅いよ!!」
「!」
いつのまにやら、残像を残しつつ上方に移動していた橙の爪の一撃により、彼女は地面に叩き付けられてしまう(例の如く、間にヴァイオリンを割り込ませ直撃は避けているのだが)。
 してやったり、と笑う橙に、内心で笑う藍。だが次の瞬間にはルナサ、メルラン、リリカ、それぞれの楽器から放たれた報復の弾幕をもろに受けてしまう。何度も言うが、力の差が有り過ぎるのである。だが、それでも立ち向かってくる藍と橙を前にして、ルナサは再度目を伏せることになるのである。

 フランドールは目を覚ました。軽い頭痛がする。幻夢症候群の所為で、また知らず知らずのうちに眠ってしまっていたのだろうか。自分が今まで何をしていたのか、さっぱり思い出せなかった。確か、知らないお姉さん達に連れられて、病気が治るっていう水をみんなで飲んだところまでは覚えているのだけれども……
 とにもかくにも、彼女が視線を巡らすと、辺りは濃い煙で覆われているし、何とその中でみんなは倒れているし、そして自分は、何故か、
「……メイリン……?」
の腕に抱かれているし。その彼女は、フランドールが名前を呼んでも目を覚まさず、それどころか、腹部からはドクドクと血が流れ出ているではないか。まさか自分がそれをやったとは、フランドールは到底思うまいが。
 現に、メイリンや子供達を昏倒させたのは、妖夢の記憶から具現化された件の老剣士なのである。メイリンが死力を尽くして展開した防御陣も、彼の剣による爆風を完全に防ぎ切るに至らなかったのである。
 その彼は、二本の大太刀を提げ、一人爆煙の中で悠々と佇んでいた。フランドールが、あいつがメイリンやみんなをこんな風にしたんだ、と思うのに時間はかからなかった。
 うぅ、とようやく意識を取り戻したメイリンは、それと同時に驚愕に目を見張ることとなる。
「よくもメイリンを……みんなをっ!!」
 キレたフランドールが果敢にも、いや、無謀にも老剣士に飛びかからんとしていたのである。無表情、無感情な彼は、ただただ近づいてくるそれを払い退けるかのように刀を振り下ろすのみ。
 メイリンが悲痛な表情を浮かべて、妹様、と叫ばんとしたその時である。
「落ち着きなさい、フラン」
 フランドールの肩に優しく、しかし力強く手が添えられた。それと同時に幾十もの人形が彼女と老剣士の間に割って入り、それらが繰り出すこれまた幾十ものサーベルが、重い大太刀の一撃を受け止めたのである。
「あなたには、あなたのやるべきことがあるはずよ」
「アリス!」
 フランドールの前に現れた少女、人形師、アリス=マーガトロイドは、更に数十もの人形を魔法の糸で操り攻撃を繰り出し、老剣士をメイリンや子供達から引き離していく。
「メイリン!お嬢様は無事なんでしょうね!」
「咲夜!」
 険しい岩場を易々と踏破しながら、給仕服姿の少女が、ワンピースを着た痩身の少女を背負って駆けて来る。
「パチュリー様、そろそろ降りて下さい」
「わかってるわよ」
 痩身の少女を降ろした彼女、十六夜咲夜は、いつのまにやら手にしていた数本のナイフを構え老剣士に向けて放つ。
「また派手にやられたのね、メイリン」
「パチュリー様……」
 その咲夜の背からふわりと舞い降りた少女、パチュリー=ノーレッジ。彼女が地面に降り立つと同時に召喚した一陣の穏かな風が、メイリンの腹部の傷を一瞬にして癒し、更には昏倒していた子供達の意識をも取り戻させる。
「まだ完治はしてないんだから、無理をしては駄目よ」
 言いつつ、言霊無しで魔法の詠唱を終えた彼女は、老剣士の頭上に十数もの炎弾を落とす。
(やった?)
とアリスが思った矢先である。爆煙の中から、老剣士が計百にもなる人形達の合間を縫って一瞬にして距離を詰めてきた。人形を防御に回す暇も与えられず、アリスは完全に虚を突かれた状態となる。そこへ、突如空から飛来した星型の弾幕が、彼女の目と鼻の先に着弾して爆発し、老剣士の進路を遮った。
「ちょ、ちょっと何するのよ!危ないじゃない!」
「助けてもらっておいてそれは無いんじゃないか。この貸しはあとで百冊の本にして返してもらうぜ」
 夜空から華麗に舞い降りたのは、黒服に箒を持った典型的魔法使い、霧雨魔理沙である。
「魔理沙っ!!」
「待ってろフラン、私が来たからにはあんな奴すぐにやっつけてやる」
「魔理沙!後ろ!」
「へ?」
 先程の魔理沙の攻撃を、ただかわすだけの老剣士ではない。飛び退きつつも同時に太刀を振るい、そこからカマイタチの如く飛ぶ刀刃を魔理沙に向けて放っていたのである。慌てて防御魔法を唱えようとする彼女だが、その前に、刀刃は甲高い金属音を伴い掻き消えた。突如魔理沙と刀刃との間に割って入った黒装束の少女、死神、小野塚小町が、手に持つ大鎌によって弾き落としたのである。
「新型だ、予算が下りた」
 彼女が指差した方向には、いつのまにか川が、いや、もちろん最初から渓谷らしく流れの急な川があったのだが、とにもかくにもそこに一隻の小舟が繋がれている。
「後で乗せてやるからな」
「あんなボロ舟で渓流が下れるかー!だいたい新型だってのに一つも変わり映えしてないぜ!」
 魔理沙と小町、互い口論しながらも老剣士へと向かっていく。
 メイリンは、昔と何も変わっていない、強く、そして何だかんだで優しい皆を見て、思わず破顔する。
「声かけたら、みんな来てくれたんだ。いつまでも仲間だもんね、私達」
「レイセン……」
 真紅のマントを翻し歩いてきたレイセンもまた、ホルダーからハンドガンを取り出し老剣士へと向かっていく。
「仲間……」
 フランドールが彼女らを見て呟く。
「はい、私の大切な、大切な仲間です」
 メイリンは、自らに言い聞かせるように、その意味をかみ締めるように、強く頷いた。
「フラン」
「ぁ……チルノ!!」
 ようやく、主役のチルノが姿を現す。重厚な大剣を肩に掲げて、背筋をぴんと伸ばして、真っ直ぐに歩いてくる。
「レミリアは家に置いてきた」
「……チルノ、ありがとうね」
「……メイリン、何か、あたい、軽くなった気がする……」
 チルノが呟く。その穏かな表情から、メイリンは彼女が自分だけに曝け出してくれる繊細な心の機微を見て取る。
「考えすぎだったのかな、あたい」
「うーん、きっと知恵熱で氷が溶けちゃったのね」
「あ!メイリン!今またあたいのことバカにしたでしょ!」
 二人して頬を引っ張り合う。いろいろなことがあったが、いや、まだいろいろある、これからもたくさん難儀なことがあるだろうが、チルノはもう自らの心を氷で閉ざしてしまったりすることはないだろう。と、メイリンは思った。あれから二年の歳月が流れていた。本当に皆、強くなったのである。
「チルノ、メイリン、私、みんなと一緒にうちに帰るね」
 フランドールの言葉である。じゃれあっていたメイリンとチルノは一同にして驚く。ここから彼女らの家がある人間の里まで、一体どれだけの妖怪が闇に潜んでいるのか、彼女はわかっているのだろうかと。
「大丈夫だから、私が、みんなを守るから」
「フラン……」
彼女もまた、知らないうちに強くなっていたのである。メイリンはしばし逡巡した後、
「わかりました。皆のこと、お願いしますね」
と強く頷いた。後でアリスに人形の数対を護衛に付けてもらおうとか思いながら。
「あ、チルノ」
 子供達のもとに駆け寄ろうとする前に、フランドールは振り返った。
「チルノも、帰って来るよね」
 彼女は大きく胸を張って答えた。
「当たり前よ!あたいってば最強なんだから!」

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