数多の竹の合間を縫ってチルノは飛翔する。曇天故月明かりはなく、竹林は真っ暗である。この状況で光るものなむありければ、間違いなく件の翁が見たあれであろう。まぁ、有り得ないだろうが。しかし、何とチルノはそれを見たのである。その光に包まれていったのである。彼女の頭がアレになっているのかも知れなかった。
 迷いの竹林は、博麗霊夢が、チルノの目の前で幽々子の手にかかったまさにその場所である。
 ………………
 …………
 ……
――何よ、来ちゃったの?――
(れ、霊夢……?あ、あたいは……)
――……何よ、言ってごらんなさいよ――
(あ、あたいは……ゆ、許されたい、許されたいの……)
 あはは、と紅白の巫女は笑った。チルノはむっとする。
(霊――)
――誰に許されたいのよ?チルノ――
 唐突に意識が現実へと戻った。それと同時に、例の騒々しい音達の襲来である。チルノは背中から摩訶不思議な大剣、六本の大剣が連結し重厚な一本となったそれを抜き、襲い来る弾幕を弾き飛ばしつつ突っ込んでいく。向かう先にはプリズムリバー三姉妹、その後ろには、件の日本刀の少女、魂魄妖夢。
(子供達は)
と、チルノが思った矢先である。妖夢の合図と共に彼ら彼女らは、竹薮の影から一斉に現れ、あろうことかチルノの進路上に立ち塞がった。その中にはフランドールと、何やら様子がおかしい妹を必死に正気に戻そうとするレミリアの姿もあったのである。
「!」
 フランドールがレミリアの静止を押し切って、すっと腕を上げる。途端にチルノの傍らで爆発が起き、不意を疲れた彼女はその爆風で地面に叩き付けられた。そこへやって来たのが、妖夢と、あろうことか幻夢症候群による強烈な睡魔である。チルノは起き上がることができない。
「……みんなを返しなさいよ――」
「よくも私の前にぬけぬけと顔を出せたものですね、チルノ」
「……あたい……知らないわよ……あんたなんか……」
「あなたが私を知らずとも、私はあなたを知っている。あなたが冥界に来たその日から、幽々子様は変わってしまった」
「!」
「あなたが冥界に来たその日から、幽々子様はいなくなった。そして、挙句の果てには、あなたは私から大切な人を永遠に奪った」
「……そんなの言いがかり――」
「ほざくな!!お前が下らぬ悪戯などをしなければ、幽々子様が真実を知ることはなかった!お前が全ての元凶だ!!チルノ!!否というのなら言ってみろ!お前が!幻想郷をこのようにしてしまったのだ!!」
「……」
「言えぬのなら!大人しく我が刀の錆となれ!!」
「チルノ!!」
 意識を失う寸前、妖夢の刀が振り下ろされる寸前、チルノはレミリアの叫びで我に返った。刀を大剣で受け止め、彼女ごと跳ね飛ばす。そこにプリズムリバー三姉妹の騒々しい弾幕の再来である。チルノは大剣を二つに分離させ、弾幕を弾き飛ばしつつ強引に三姉妹との距離を詰めていく。そうして、最も近かったキーボードのリリカに斬りかかった。
 そこでまた、メイリン対ルナサの時同様、リリカの周りにも桜色の結界が展開される。突然に剣の勢いを失い驚くチルノに、リリカは容赦なく零距離から弾幕を放つ。思わず飛び退く彼女に、更に、ルナサが退路を断つ弾幕、メルランが側方塞ぐ弾幕を展開する。もはや抜けられるのは上だけ、と短絡的思考で飛び上がるチルノだが、当然、上方にはそれを待ちかねたかのように、メルランのトランペットが配置されているのである。
 照射されたのは、もはやレーザーとは言えまい、博麗神社の池ほどはある極太のビームである。
 対してチルノは、大剣の一つに妖力と、そして冷気を込める。
凍符『コールドディヴィニティー』
彼女の大剣から放たれた巨大な冷気の塊が、メルランのビームを一瞬にして凍結させる。そうして砕け散ったビームの欠片が、あちこちで輝いて夜の竹林を照らし出す。
その光の中から突如現れたのがルナサである。思わず斬りつけにかかるチルノだが、その間に割って入ってきたメルランのトランペット、リリカのキーボーに剣を受け止め、そこに、ルナサのヴァイオリンから衝撃波が放たれる。
 チルノの手から弾き飛ばされた大剣は、回転しながら竹達を断ち切っていき、最後には地面に突き刺さる。それを拾いに行かんとする彼女に向けて、正確にはその先の大剣に向けて、ヴァイオリン、トランペット、キーボードが一斉に高密度の弾幕を放出した。
 地面を三尺(約一メートル)も抉ることとなるそれを、チルノは大剣を拾いつつ何とか紙一重でかわしたが、堪らず、
(辛い……)
と顔をしかめた。
 そんな彼女の視界に、ただ自らを睥睨し佇立する妖夢の姿が映る。チルノは再び二本の大剣を連結させ一本とし、彼女に斬りかかって行く。妖夢は、二本の鞘にゆっくりと手を添えた。
 不幸にも、ここでまた幻夢症候群による睡魔である。そのほんの一瞬の隙の合間に、妖夢は抜刀、彼女の二本の得物、大太刀楼観剣、小太刀白楼剣が、チルノに白虎の爪牙の如く襲い来る。
(……うそ!速い!)
 その神速の剣に翻弄されてか、五度も切り結ばぬうちにチルノは地面に叩き付けられた。そこに、容赦なく妖夢の大太刀楼観剣が振り下ろされる、と思われたが、
(!?)
 唐突に、世にも奇怪な金属音が響き、彼女の大太刀は跳ね除けられた。同時に妖夢に数多襲い来る、地上にはない金属で造られた弾丸。彼女は小太刀白楼剣をもってして叩き落さんとする、が、
(……すり抜けた!?)
のである。幻覚、と見抜いた彼女はすかさず体を翻し、背後から来る本物の方を弾き落とす。その間地面に倒れていたチルノの体は、いつのまにやら夜空から舞い降りていた、真紅のマントによって包まれていた。
「メルラン様!リリカ様!」
「わかってるってー!」
 メルラン、リリカがそれに向かって弾幕を乱れ撃つ。だが、またも、
(……幻覚!)
である。気付いた時には既に、真紅のマント諸共チルノの姿は消え去ってしまっていた。
 プリズムリバー三姉妹の騒音も止み、妖夢の歯噛みの音だけが辺りに響いた。

 チルノとプリズムリバー三姉妹、そして妖夢との激しい戦闘があった場所からは少し離れるが、まだ迷いの竹林内である。
「……本当に何も守れないじゃない……あたい……」
 チルノはぼそぼそと独りごちた後、
「レイセン、何が起こってるの」
と傍らの真紅のマントに問うた。マントが翻ると、中から現れたのはそれとは実に不相応な、ウサ耳にブレザー姿の少女である。レイセン、と呼ばれたその少女、レイセン=ウドンゲインは、
「助けてもらったんだから、お礼ぐらい言いなさいよね」
と苦笑した後、
「……私の知っていることで良ければ、話すよ」
と真紅のマント相応の真剣な顔つきとなった。
「私はここによく来るの。だから彼女達のことも知ってる。
 妖夢は幽々子がまだ冥界にいた頃、彼女に仕えていた従者で、プリズムリバー三姉妹、あの楽器使い達のことね、彼女らはその友人。七年前、幽々子が冥界から姿を消した時から、彼女達は暴徒と化した冥界の霊達の鎮圧に身を割いていたの。だけれども、最近ではそれも落ち着いてきて、それで消えた主を探しに幻想郷に降りてきたってわけ。
えっと、それで、次は幻夢症候群」
 レイセンは唐突に、こつんと自らの額をチルノのそれに当てる。
「な、何すんのよ――」
「やっぱり。チルノは普段超低体温で、それを無理矢理人が触っても大丈夫なように上げてるから気付かないんだろうけど。
 幻夢症候群は体内に入り込んだ西行妖の春気が原因よ。主な症状は春っぽくなること。体温が上がったり、眠くなったり。でも強すぎるそれは、着実に肉体を、精神を蝕んでいる」
「……詳しいじゃない」
「八雲とは縁故があるから……。紫が生きてたって知って、いろいろ調べてみたの」
「やっぱりあいつらが絡んでるのね。
……無縁塚で、あいつら何を見つけたの?」
「……」
「教えてよ、知ってること全部教えてくれるって言ったじゃん」
 そう言うチルノの体はわずかに震えている。
「……うん、わかってる、言うよ」
 レイセンはそれを知りながらも、敢えて、口にする。
「……遺骨」
 チルノの震えが頂点に達する。レイセンはもう後には退けないと、続ける。
「幽々子のか、それともかの歌聖のかはわからないらしいけど、でも、どっちにしても同じ」
 ガタガタと震えていたチルノだが、しばしの時を与えられ、ようやく小さな声を絞り出せる程にはなった。
「……あいつらの言うお嬢様って……それのこと……?」
「多分」
「……そんなもの手に入れて……一体何する気なのよ……あいつら……」
「……わかんない」
 沈黙が流れる。
 唐突に、竹薮の一つがガサガサと揺れ、二人は身構えた、が、すぐに敵の気配でないことに気付く。何の事は無い、現れたのはレミリアである。先程の戦闘の隙をついて逃げ出してきたのだろう。彼女は藪から出てきて早々チルノに抱きついた。
「チルノ!フランが!メイリンが!」
「大丈夫、メイリンは無事よ」
「じゃあフラン!フランを助けに行こ!」
 チルノは押し黙る。レミリアの表情が歪む。
「……レイセン、レミリアをお願い。あたいは紫の話を聞いてくる」
「それはちょっと……」
「チルノはもういい!どうして私達の話は聞いてくれないの!」
 ついにレミリアは怒って、レイセンのマントの中にくるりと隠れてしまう。チルノは頭を抱えた。
「あーもう!もうちょっと待ってよ、ね!これから戦いが始まるの。でもただ戦えばいいって訳じゃない。わかるでしょ!」
「わかんない!」
「チルノ、これは戦いの話なの?」
 レイセンの言葉である。
「……」
 チルノは再び俯いてしまう。
 ――ここで話を少し戻させてもらおう。チルノが迷いの竹林に向かう一つ前のシーンである。
『場所は?』
『迷いの竹林、アジトよ』
 チルノと藍のやり取りである。ここでも、彼女は俯いてしまう訳である。
『……お願い、行ってきて。あたいは紫の話を聞きに行く――』
『逃げないで!』
 叫んだのはメイリンである。
『わかるわよ、子供達を見つけても、何もできないかも知れない、もしかしたら、また取り返しのつかないことになるかも知れない、それが怖いんでしょ!でも、もっと、今を、いろんなことを受け止めて。
 重い、重いんだから仕方ないわよ!霊夢とそう、約束したんでしょ。幻想郷は私が守るって。だったら守らなきゃ。だから万屋なんか始めて、子供達も預かったりしてるんでしょ!』
『……』
 険悪な空気に堪えられなったのか、橙が口を開く。
『チルノが行くんだよ、アジト』
 そうして、藍の後を追って、彼女も部屋から出て行ってしまう。またも、二人だけの気まずい沈黙である。メイリンが静かに呟いた。
『……私達、思い出に負けたの?』
 チルノは泣きそうになる。
(……だって……だって……あたいは……)
 ――ちなみにこのシーンは、チルノの回想シーンでもある。故に途中で、件のつれなくも優しい声が聞こえてきたとしても、何ら不思議ではないのである。
――……本当にずるずるずるずる、じれったいわね。いい加減許してあげなさいよ、チルノ――
(……)
 ――さて、話を今に、現実に戻そう。
「……レイセン、罪って許されるのかな……」
 唐突なチルノの問いである。だがレイセンは、うろたえながらも真摯に答えた。
「……わからない、でも、頑張ってる」
「頑張る……?」
「うん。頑張って、頑張って、今はダメだけど、いつかはその人の前でもちゃんと胸を張っていられるように……。だからチルノも一緒に頑張ろう?」
「……」
 チルノは足りない頭で考え始めた。レミリアもレイセンも、彼女をそれぞれの瞳で、前者は期待、後者は心配そうな、であろうか、で見つめる。そして、どうやら結論は出たようである。
「行くよ、レミリア、フランを助けに。レイセン、あたい頑張ってみる。あんたも頑張って」
 その答えに、レミリアもレイセンも満面の笑顔で頷いた。
 ここでひとまず、迷いの竹林での出来事は全て叙述したことになる。……いや、どうやらそうではないようだ。
 ………………
 …………
 ……
――チルノ――
――別に、私は自分の役目を果たしただけよ――
――だから、あんたもちゃんと自分の役目を果たしなさい――
――私も少しは手伝ってあげるから――

前へ 次へ

戻る