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| こつ、こつ。博麗神社の石段を登るチルノの足音である。石段は永遠に続いているように見えても、着実に博麗の御許へと近づいている。 そうして神社に辿り着いたチルノの目に、ぼろぼろになって倒れているメイリンの姿が飛び込んでくる。 チルノは一瞬、脳裏に嫌な光景を思いださせるが、 「メイリン!」 彼女はそれを意図せず振り払って叫んだ。 「メイリン!!」 彼女のもとに駆け寄って、もう一度呼びかける(ちなみに駆け寄って、傍らに座り込んで、それだけである。彼女の身長では長身のメイリンの体を、格好良く抱きかかえるにはちと辛い。とにもかくにも)。それで、メイリンはうっすらと目を開けた。 「……遅いわよ……」 どうしていつもいつも、とでも言いたげな目である。心当たりのあったチルノにとっては一層深く突き刺さる視線であろう。 「誰がやったの!?」 「知らない奴……」 そうとだけ言って、またも意識を失いそうになるメイリンは、はたと思い出してお嬢様、と叫んだ。これもチルノには心当たりのあることである。彼女は吃驚して辺りを見回すも、しかしレミリアの姿は無い。それどころか、神社には半壊した本堂や、強力な弾幕が地面を抉った痕……。メイリンも再度意識を失ってしまった。チルノだけが、傷ついた世界に取り残される。 (うそ……あたい……また何もできなかったの……) 唐突に、彼女は強烈な睡魔に襲われた。それと共に彼女の脳裏によみがえる、過去の忌まわしき記憶。 ――きらめく刃。レティの最期。 ――満ちる瘴気。霊夢の最期。 ――そして、真っ赤に燃える、真っ赤な館、その奥に佇む悲愴な姿、幽々―― 博麗に爽やかな風が吹いた。全てを見る前に、チルノの意識は眠りに落ちた。神社の風で神社の池の水がせせらぐ。それらが誘う深い深い眠りに。 彼女がつれなくも優しい声によって起こされるのは、果たしていつになるか。 曇天の空は暮れかけて、人間の里はただでさえ薄暗かったのに更に闇が濃くなった。チルノが目覚めたのはあれから三刻程後(約六時間後)である。それでも、幻夢症候群を患っているにしては破格の早起きである。 傍らにはメイリンが座っていた。傷は、大部分が既に手当てされているようである。 「チルノ、起きた?橙達が運んでくれたのよ」 「……レミリアは?」 彼女は重々しく首を横に振った。 「お嬢様だけじゃない。妹様も、子供達も、みんな消えちゃった」 今橙達が探してくれている、と付け加えた。チルノはそう、とだけ呟いて黙ってしまう。メイリンは、彼女の体がわずかに震えていることに気が付いた。 「……チルノ、幻夢症候群だよね……」 チルノは押し黙ったままである。 「もしかして、このまま死んでもいい、って思ってる?」 しばしの後、彼女は、こくりと小さく頷いた。 「やっぱり……」 これは、メイリンが溜め息と共に出した心底呆れた声である。チルノは反論する。 「……別にメイリンには関係ないでしょ……。だいたい、どうやって治すかもわからないのに」 その刺々しい言葉に、メイリンは少々むっとする。 「でも妹様だって頑張ってるのよ。逃げないで、一緒に戦おう?皆で助け合って、頑張りましょうよ」 早口でまくし立てた後、 「……本当の家族じゃないから、駄目よね……」 とうなだれた。しばし険悪な空気の中沈黙が続く。チルノがぼそぼそと呟きだした。 「……あたいには誰も守れないよ……、家族だろうと、仲間だろうと、何も……。 あたいの代わりにレティが生きてれば、今頃こんなことにはなってなかったのにね――」 ぱちんと言う音が部屋中に響く。メイリンが、チルノの頬を平手でひっぱたいたのである。その目には、うっすらと涙が浮かんでいた。 「な……」 「ずるずるずるずる、バカの癖にいつまでも引きずってんじゃないわよ!それと、もう二度とそんなこと言わないで!!」 「……な、何すんのよ!」 今度はチルノがメイリンに飛びかかる番である。しばらく揉み合いになった後、彼女はメイリンを押し倒した。 「あんたに何がわかるっていうのよ!あたいは……あたいは霊夢を見殺しにしたんだよ!!レティはあたいを守るために自分の命をも犠牲にしたっていうのに!!あたいだって……あたいだって本当は……」 霊夢を守りたかった、の言葉は出てこなかった。そのまま涙でぐちゃぐちゃの顔をメイリンの胸にうずめて、チルノはただただ嗚咽を漏らし続けた。メイリンはそんな彼女を抱えて、ゆっくりと体を起き上げる。 そうなのである。チルノだって、お嬢様や妹様と同じ、幼く、精神的にも脆い、子供なのである。その子にこんな重荷を背負わせるとは、自分が悪いのか、いや、それだけ幻想郷が傷ついているのである。 しかし、幻想郷の守り主である彼女は、確かにその役目をこの子に託した。それはすなわち、幻想郷の意思である。ならばこの子は、その役目を果たさねばならない。それもまた、幻想郷の意思なのである。 (……だけど……) 今だけは、私がこうしてこの子を守ってあげていたい。彼女はチルノをぎゅっと抱きしめる。 すてんと、何者かが軽快にすっ転ぶ音である。チルノはぱっとメイリンから体を離した。見れば扉の向こうには、踏み台から落っこちたらしい橙と、こほん、と一つ咳払いをする藍の姿があるではないか。 「どこから見ていたかそれはともかく」 「見つけたよ!子供達とそれを連れて行った奴ら!」 涙を上手く拭った(つもりの)チルノが問う。 「場所は?」 「迷いの竹林、アジトよ」 さて、この後チルノが迷いの竹林に向かう前に二、三ある訳だが、それはひとまず置いておいて、竹林深部である。美しい竹達を培う清い地下水が湧き出る泉、そこにレミリアやフランドールを含む子供達、そして、妖夢とプリズムリバー三姉妹はいた。妖夢は子供達に見えるように高らかと片腕を上げる。その腕は、桜色にぼんやりと輝いていた。 「見て下さい。これがあなた達の体の中にある病の正体です。そしてまた、私の大切な人の、言わば肉体でもある。しかし、これは、あなた達には少々毒が強すぎる。私はこれを取り除く術を知っています。……私に続いて下さい」 そう言って、彼女は泉の水を手に汲み一気に飲み干した。水は、何らかの色素でも溶けているのだろうか、桜色である。子供達は半信半疑ながらも妖夢に続いた。そして、フランドールも。 ――どうせ取り出すには、一度肉体を滅ぼさねばなりません―― ――ならばそれまで大人しくしていてもらわねば困ります―― 先程妖夢とプリズムリバー三姉妹との間で為されていた会話である。それを、ルナサに腕を掴まれて離れられなかったレミリアは聞いていたのか聞いていなかったのか、ともかく、 「……フラン……!」 やめて、と小さく叫んだ。しかし病気を治したい一心のフランドールには、最愛の姉の言葉でさえ届かないらしい。 「フラン!!」 二度目の叫びも虚しく、泉の水を飲み干したフランドールの瞳は、みるみるうちに怪しげな桜色へと変わっていった。 |