境内を、いろいろな花を摘まんとしてあっちへこっちへ走り回るレミリアである。お嬢様に日光を当てまいとして日傘片手に追いかけるメイリンはさぞ大変であろう。
 そこに聞こえてきたのが、こつこつという鳥居の向こうの石段を登る足音である。一心不乱に花を摘んでいたはずのレミリアの視線がくるりとそちらに向き直った。
「チルノ!」
 そして一目散に走り寄っていく。確かに、このタイミングであればチルノが帰ってきたと思うだろう、現にメイリンもそうだと思い心躍らせていた。だが、さすがに彼女は、すぐに異変に気が付いたようである。
 先行していたレミリアに、特殊な歩法を用いて一瞬にして追いつく。
「メイリン?」
「待ってくださいお嬢様……」
 石段の下から現れたのは、もちろんチルノではない、ヴァイオリン、宙に浮かぶ不思議なヴァイオリンと、言わずもがな、その駆り手ルナサである。
 彼女は一通り境内を見回した後レミリアの姿を認め、あら、と頬に手を当てた。レミリアが身を固くし、メイリンは気を引き締める。
「……可愛い。お姉さんと一緒に遊びましょ」
 もちろん、ただでさえ人見知りなレミリアが応じる訳が無い。
「嫌、みたいね」
 彼女は心底残念そうな顔をした後、気を取り直して、
「お嬢様は?」
チルノにしたのと同じように問うた。当然、レミリアお嬢様は更に身を固くする訳だが、メイリンにはいまいち相手の意図が察しきれていないようである。ただ彼女の挙動の一つ一つに細心の注意を払っている。
 このように張り詰めた空気の中で、ルナサだけが唐突に、ふぅ、と一つ息を吐いてみせた。
「……霊には神社の空気は合わないのかしら。体がぴりぴりする」
 神社の結界が働いているのである。それはすなわち、彼女が何らかの害意を持っているということ。メイリンはルナサを睨み付けた。
「それで、お嬢様は?」
「ここには誰もいません!」
 強い口調である。そう、とルナサは肩を落とした。だが、すぐにまた顔を上げる。
「じゃあ、遊びましょ」
 メイリンはレミリアに小声で、どこか安全な場所に隠れていて下さいと言い、自らは強く固めた拳をルナサに向ける。
「弾幕、それも悪くないわね」
 ヴァイオリンがルナサの周りを自在に舞い、そして騒音を奏で始める。
 まばたきをしている間である。零距離に詰め寄ったメイリンは、ルナサに向かって正拳、それに伴い弾幕を放つ。遅れはとったものの、脅威的な反応速度をもってして正拳をバックステップでかわしたルナサを、メイリンの弾幕は追撃する形となる。だがルナサも、まばたきを二度する時間があれば弾幕を放てる。彼女の弾幕はメイリンのそれを軽く相殺、それどころか貫通、彼女はたまらず後方に飛び退くが、何故か、すぐに横っ飛びで方向を転換した。いつのまにやら背後には、ルナサによって分厚い壁の如き弾幕が展開されていたのである。それを、メイリンは寸でのところで背中をかすめる程度でかわした。
 ルナサが薄く笑う。
 メイリンは拳を固め直す。
 またも一瞬にして距離を詰めたメイリンは、今度は相手の足元を刈り、浮かせたところを、そのまま蹴りの勢いをもってして極彩色の刃の如き弾を放った。それをも軽くかわしたルナサは、まるで自らを守る殻の如き弾幕を展開、メイリンに放つ。それを彼女は敢えて前進しつつ強引に避けていき、射程圏に入ったと同時に超高密度な針の如き弾をもってしてルナサを貫く。間一髪、服を裂かれるのみでかわすルナサ。
 その間、いつのまにか配置されていたヴァイオリンが、メイリンの周りを高速で一回転、それと同時に展開した濃厚なドーム型の弾幕が、彼女を四方八方から包み込んだ。隙間は無い、完全な積み弾である。
 対してメイリンは、腕に有りったけの気を込め、一呼吸置き、そしてその場で神風の如き速さをもってして一回転した。彼女の生み出した気流がルナサの弾幕の形を渦状に変え、そして、そこに人一人が通れる程のわずかな隙間が生じた。
 そこから、メイリンの鋭い眼光がルナサを射すくめる。
「はぁぁぁっ!!」
 気合と共に突貫してくるメイリン。ルナサは弾幕で応じようとするが、メイリンの放った正拳は、何故か、いつのまにか、ルナサの背面を鋭く穿っていた。気迫と相対速度の差異をもってして、前方から来ると錯覚させた上で、一瞬にして相手の背後に回っての強力な正拳突きである。寸でのところで自らの身とメイリンの拳との間にヴァイオリンを割り込ませ防御したルナサはさすがであるが、その勢いまではとてもではないが殺しきれず、彼女は弾丸の如く本堂の奥へと吹き飛ばされた。
 爆音。そのしばし後、境内で聞こえる音は、ぱらぱらと本堂の半壊した入口の崩れる音だけとなる。
 隠れていたレミリアがメイリンのもとに駆けて来る。
「メイリン!」
「お嬢様、怖がらせてすいませんでした、お待たせしました」
 二人してふふと笑う。レミリアはともかくとして、二年の歳月はメイリンの勘をここまで鈍らせてしまうものだろうか。瓦礫の下では、まだ微かにヴァイオリンの音色が残っているというのに。
「……はぁ、弾幕かと思ったら格闘しかけてくるなんて……」
「!」
 のそのそと、本堂の奥からルナサが出てくる。あれ程の攻撃を受けたというのに、ほとんど外傷が見られない。その姿に、メイリンは驚愕を禁じ得なかった。
「お嬢様もここじゃないみたいだし、骨折り損でもうけがくたびれだけなんて……癪ね」
 言いつつ、骨などとても折れていなさそうな彼女は、再び中空でヴァイオリンを奏で始める。今度は一層、悲愴に、である。
「さぁ、続きをしま、しょ!」
 今度は、ルナサの方が弾幕を伴い突貫してくる。
「きゃ!」
 この通り、メイリンの傍らにはレミリアがいるため、回避は不可である。ならばカウンターの要領で弾幕ごと吹き飛ばすのみ、と彼女は再度腕に有りったけの気を込め正拳を放つが、その拳は、何故か、ルナサへと届く前に勢いを失った。突如ルナサの周りに展開した桜の花びらの如き結界が、彼女の込めた気を根こそぎ吸収してしまったのである。
 そうして丸腰となったメイリンの胸部に、冷徹にも突きつけられるヴァイオリン。
「ぁ……」
 レミリアの目の前で、メイリンは吹き飛ばされた。いや、それだけでは終わらない。彼女の吹き飛ばされた先には、ルナサの得意とする濃厚な壁の如き弾幕が。
 直撃である。そうして境内の砂利の上にぼろ雑巾のように転がったメイリンは、ただくぐもった声を上げるのみ。
 ルナサが冷たい微笑を浮かべる。
「やめなさい」
 何と、これはレミリアの言葉である。同時にルナサに放たれたのは、真っ赤な血潮で構成された特大の槍である。メイリンの姿を見兼ねた彼女が無我夢中でやったことであろうが、その幼い声色も、未熟なグングニルも、とてもルナサを畏怖させるには至らず、後者にいたっては片手で受け止められてしまった。
 メイリンにとっては、本来ならば主の自らを思う心に感涙にむせぶ場面であろうが、今はそれどころではないのである。
「……あら、駄目よ、慣れないもので遊んじゃ。一緒に行きましょ、お姉さんがもっと楽しい遊びを教えてあげるから……」
 そう言って、ルナサはレミリアに詰め寄っていく。メイリンの見ている目の前で。だが、動かないものはいくらムチ打っても動かないのである、これは彼女の身体とて然りである。
 恐怖に顔を歪めるレミリアに、彼女は腹の底から声を絞り出してこう叫ぶしかないのである。
「お嬢様……逃げて!!」
と。

 久方ぶりに目を覚ましたのだ、外に出なければ損である。天気は、日光が苦手なフランドールにとっては幸いにも、くもりへと変わっていたが、その程度のことで病気の彼女の心も晴れる訳がない。
「……あの、ふ、フランちゃんも幻夢症候群だよね?」
 病気になって良かったこと、を不謹慎にも挙げるとすれば、このように一緒に住む孤児や妖怪達が怖がりながらも話しかけてくれるようになったこと、と、彼女の姉であるレミリアが、一日中付き添っていてくれるようになったことである。だが前者も後者も、フランドールに一緒に遊ぶ気力がなければ意味は半減であるし、それ以上に、お姉様は悲しませるし、チルノはどこかへ行ってしまうし、何より、眠ればそのまま帰って来られなくなるかも知れないという恐怖に、まだ年端も行かぬ子達がどうして耐えうるというのか。幻想郷は、確かに傷ついているのである。
「い、一緒に行こ。幻夢症候群、治してくれるんだって」
 故にフランドールにとってこの言葉は、半信半疑とは言え、かなり魅力的なものであったのは言うまでもなかろう。付いていってみれば、何やら白と赤のドレススーツを纏った二人組みが、保育士よろしく子供達を手際よく整列させている。
 彼女達が、この忌まわしい病気を治してくれると言うのだろうか。
 子供達がフランドールの姿に気付きざわつき始めた。だがそのうちの一人、人間の子が、果敢にも彼女に手を差し伸べたのだ。フランドールはしばし逡巡した後、その手に自らの手を重ねた。その陰で、白と赤のドレススーツがくすくすと笑っていたのを、彼女達は当然知らない。

 ――これらが妖夢に始まりプリズムリバー三姉妹の次女、三女に終わる一連の動きである。

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