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| 妖夢は、後方からチルノが追って来ていないことに気が付くと、不意に立ち止まった。渓谷は静かであった。彼女の周りには誰もいなかった。ただ月だけが、雲の隙間から彼女を見下ろしていた。だが、あれはただの傍観者。彼女が何をやろうとも、咎めたり、同情したりすることは無い。 妖夢はゆっくりと、自らの腕に抱かれた骨壷を見やる。この中には、彼女が何としてでも手に入れたかった、現に、あらゆる道を踏み外してまで手に入れた主の遺骨が入っている。 彼女はその壷に手をかけ、そして、開いた。中の様子がどうであるかは特筆する必要はあるまい。ただ、彼女はそれを見て瞠目し、そしてその後、自らの涙の枯れるまで延々と主の名を叫び続けた。 チルノは、ようやく追いついたというのに、当の妖夢が逃げも隠れもせずに佇立しているのを見て少々拍子抜けした。時刻は寅の刻、もうすぐ夜の明ける時でありながら、一日のうちで最も冷え込むのもまたこの刻限である。渓谷も然り、もともといない生物の拍動が感じられぬのは当然として、空気すら固まって動かず、それに伴い風も止み、さながら全てが静寂に支配されたこの世界は、そう、まさに死んでいるようである。 その中で妖夢は、ただ、月を仰ぎ見ていた。主の遺骨の入った壷を腕にしかと抱えて。 「……わかっているんです。 本当は、あなたは何も悪くない、紫様だって悪くない。全て、私が悪いのです。私があの時、幽々子様に付き従っていれば、それこそ、この白楼剣で斬りつけてでも、幽々子様を正しき道へと戻して差し上げていれば、こんなことにはならなかった。 私は、幽々子様が変わられてしまったのを見たくはなかった。優しかった幽々子様が、非道を働いているところなど見たくはなかったのです。 だから私は、無理やりに理由を付けて冥界に残った。私は従者失格です。私の所為で、幻想郷も、そして幽々子様も、こんなことになってしまった。……全て私が悪いのです……」 彼女は、半ば独白しているようでもあり、半ば月もしくはチルノに向かって懺悔しているようでもあった。後者の場合は残念ながら、月もチルノも、彼女の言葉の意味を解する程の脳みそを持ち合わせていない。だが少なくともチルノには、解することはできずとも、感じることのできる心臓はある。 「あんたの言ってることはよくわからないけど、だったら――」 「だから、もしやり直せるのであらば、私はその機会を何としてでもものにする」 妖夢がゆっくりとチルノの方を振り返る。その乾いた瞳から放たれる眼光は、チルノの中にもたげた情状酌量の念を射抜きそして砕いた。 静寂に保たれていた空気が瞬時にして一触即発のものへと変わる。チルノはゆっくりと大剣の柄に手を添える。 「幽々子様がもとに戻ろうとも、そのまま外道を歩まれようとも、私は一生彼女についていく。そして、今度こそ彼女を守り続ける。 それを邪魔しようというのであらば、チルノ!何人であろうとも私は斬る!!」 妖夢が刀の柄に手をかけたと同時、彼女の背後からもう一人の妖夢が飛び出してくる。彼女の半霊たる人魂を、妖力をもってして実体化させたものである。本物の持つ大太刀楼観剣、半霊の持つ楼観剣と小太刀白楼剣、計三本に対し、チルノは大剣を二つに分離させて迎え撃つ。 すさまじい剣戟である。妖夢は速さで翻弄し、チルノはそれを力で捻じ伏せる。しかし、双方どちらかに特化しているという訳ではない。技術、身体能力、そして直感、全てにおいて拮抗し、両者まさにほぼ互角の剣であったのである。 片手に大太刀、そして片腕に骨壷を抱いた妖夢を、大剣で弾き飛ばしたチルノ。その懐に、大太刀、そして小太刀を構えたもう一人の妖夢が素早く踏み込んでくる。と思われたが、彼女はその寸前で退いた。チルノの遥か後方の渓流に、彼女の援軍の姿を認めたからである。 舟の上及びその上空での会話である。 「チルノー!さっきはお前に手柄を譲ってやったんだ、今度は私に立てさせろ――ってうわっ!!こ、小町、揺らすなよ!地獄の舟は新型でもこの様だぜ。少しは独逸の技術力でも取り入れた方がいいんじゃないか」 「それよりも早く岸に付けなさいよ。このままじゃ流されちゃうわ」 「うるさいね。だったら咲夜やパチュリーのように飛べばいいだろ飛べば」 「……待って。チルノ一人で、戦わせてあげて」 「……何故?レイセン」 「西行妖は幽々子を構成する霊子、人妖で言うところの肉体、遺骨はその核。それらが集まれば、自ずと成仏していない彼女の魂は帰ってくる」 「……幽々子が復活する、ということね」 「……あの、チルノはそれ、知っているのでしょうか」 「多分、わかってない。でも、感じていると思う」 「そうですか……。 お願いします、一人で戦わせてあげて下さい」 「何が何だかさっぱりわからないぜ」 「どうにも、腑に落ちないわね」 「……二年前、最後の戦いの時には確かにあった強い気持ち、いつのまにか失くしてしまっていたその気持ちを、チルノは取り戻したんだと思います」 「相変わらず、めんどうくさいのね、チルノは」 「……はい!おバカですから」 メイリン達の乗った舟が離れていく、というか流されていく。 チルノと妖夢の剣戟は熾烈を極める。 チルノの重い一撃を妖夢が大太刀、小太刀を交差させて受け止め、その隙をついてもう一人の妖夢が振るった大太刀を、彼女はもう一本の大剣で受け止める。そのまま二本と三本、一人と二人の鍔迫り合いとなる。 「さっきから黙って聞いていれば、勝手なことばかり言って。あたいにだって、守りたいものはある!あんたも剣士なら、訳わかんないこと言ってないで剣で語んなさいよ剣で!」 チルノは二人の妖夢を大剣で思いっきりに押し返す。妖夢は、もう一人の妖夢を半霊に戻す。そして、しばし互いに睥睨した後、後者は大きく跳躍、有りっ丈の気迫と共に、上空から月を背にして大太刀を振り下ろした。 (直線的な攻撃……だったらあたいも力で!) 対してチルノは、体中の冷気の全てを大剣に込める。 凍符『マイナスK』 大太刀と大剣がかち合ったと同時、前者は一瞬にして凍結し砕け散り、そしてその持ち主もまた、凄まじい衝撃により大きく跳ね飛ばされた。 地面に激しく叩きつけられる妖夢。それでも決して主の遺骨の入った壷を放すことはしなかった彼女の目の前に、チルノは大剣を突きつける。奇しくも、妖夢のすぐ後ろは切り立った崖となっている。もちろん飛ぶことのできる彼女には関係ないのだが、それでも、確かに妖夢は追い詰められたのである。 「はぁ……はぁ……はぁ……」 「あんたの負けよ。大人しくそれを渡しなさい」 「……嫌だ……私はようやく幽々子様に会えたんだ!!」 追い詰められた者は何をするかわからない。その突拍子の無い行動に、思わずチルノは条件反射で剣を振るってしまった。 妖夢が、骨壷を、自らの身よりも大事にしていたその壷を、唐突にチルノに向かって投げつけてきたのである。 大剣によって真っ二つになったそれを、妖夢は中身の飛び散る前に抱え込む。そして、呆気に取られたチルノを横目に、骨壷ごと断崖絶壁から飛び降りたのである。 「幽々子様、このような不甲斐ない従者で、本当に申し訳ありません。 ……だから、せめて、私の肉体を使って……」 妖夢の意味深な言葉。呆然としていたチルノは、不意に強烈な睡魔と全身を迸る悪寒に襲われる。 「……く……このっ!」 それらを無理やりに抑え込み、彼女もまた妖夢を追って崖下に飛び降りる。妖夢は落下しながらも、その胸に骨壷の中身を、主の遺骨を押し付ける、いや、無理矢理に押し込んだ。阿鼻叫喚の声と共に、彼女の身体からどす黒い気体が湧き出てくる。チルノは激しくなる睡魔と悪寒に耐えつつ、彼女に追いつき、そして、思いっきりに大剣を振り下ろす。 その、瞬間である。 「!!」 チルノの大剣は、扇に、たった一本の扇によっていとも簡単に受け止められていた。彼女の目の前にいるのは、もはや魂魄妖夢などではなかったのである。 「あら、久しぶりね、チルノ」 「……幽々子……!!」 彼女の目の前にいたのは、亡霊の姫にして、悲哀の咎人、そして、全ての悪夢の根源、西行寺幽々子であったのである。 突如、彼女らの周りに空気の数倍は重い瘴気が渦巻き、不意を突かれたチルノは一気に崖上まで押し上げられる。何とか体勢を整え着地するも、何故か、崖下にいたはずの幽々子は、いつのまにか上空からチルノを見下ろしていた。あの、悪夢がそのまま具現化されたかのような禍々しい笑みを携えて。 「あら、あなたも幻夢症候群?嬉しいわね。まだ私の体の一部を持っていてくれてるなんて。……また、以前みたいに操ってあげようかしら」 「……何が目的よ……」 「そんな怖い目をしないで、チルノ。心外ね。眠ったまま死ねるなんて、何て安らか、万人が望んでいるものじゃなくて?」 「目的?」と、幽々子はふふと口元を扇で隠して笑った。ぞっとするような笑みだった。 「以前と変わらないわよ…… この世の三つの悲しみを浄化するため、この世に完全なる死をもたらす、それだけのことよ……」 彼女が手を掲げると同時に、真っ暗な空からそれとは比べ物にならない程にどす黒い瘴気が降りてくる。それはあたかも澱んだ池の水のように、徐々に徐々に下界へと降り注いでくるのである。 舟の上で仲間達と共にいるメイリンが、人間の里に帰るため鬱蒼とした森を子供達と進むフランドールが、一人自室でチルノ達の帰りを待つレミリアが、皆が、その光景を見やる。そして同時に思う、チルノのことを。 幽々子の体から、まるで間欠泉の如く大量の瘴気が湧き出てくる。チルノはそれを強引にかわしつつ、時には氷で凍結させつつ、幽々子との距離を詰めていく。瘴気は、軽く触れただけでも物体を変色させ腐敗させ、そして朽壊させる。それをグレイズするなどという無茶をして、ようやく幽々子を剣の間合いに収めたチルノだが、彼女の振り上げたそれは、突如落ちてきた瘴気の塊の重みだけで容易く捻じ伏せられてしまった。そこへ間髪置かず、更に降り注いでくる瘴気の連弾。それらを腹にもろに喰らい、彼女は下方へと叩き落される。 う、とくぐもった声を上げるチルノ。 その間、幽々子はいつのまにやら地上に瞬間的に移動していた。霊魂たる彼女に、距離の概念は無いのである。落ちてくるチルノに向けて、この程度で終わりとでも、と言わんばかりに瘴気を放つ。それはまるで生きているかのように、蠢き、十数もの触手となって四方八方から彼女に襲い掛かる。 チルノは、落下しながらも強引に体勢を立て直し、有りっ丈の気力を込めて大剣を振るう。衝撃で瘴気の海が真っ二つに割れ、彼女はそこを通って一気に幽々子との距離を詰める。 轟音と衝撃が渓谷中を迸った。チルノと幽々子とは、大剣と扇での鍔迫り合いの勝負となっていた。前者は真剣な表情でそれに臨むが、後者は対して飄々と驚いてみせた。 「あらあら、何があなたを強くしたのかしら」 「……あんたには言いたくないっ!」 気合とともに剣に圧を込めたチルノは、競り合っていた扇を断ち割り、諸共に幽々子をも真っ二つに斬り下げる。その瞬間、幽々子の身体は数多の蝶となって飛散した。呆気にとられるチルノをよそに、それらは上空で統合し再び幽々子の姿へと戻る。当然、その身体にはわずかな傷一つとて無い。 「あなたのような妖精にも教えられる術があると良いのだけれど。……この世には、絶望しか存在していないということを」 異様な気配を感じてチルノは周囲を見回す。いつのまにか彼女の周りは、いや、それだけではない、彼女の両側の絶壁も、彼女の立っている岩盤も、全てが、猛毒の瘴気に犯されていたのである。気付いた時には既に遅い。渓谷は、死んだ。すなわち、崖も地表も何もかもが、一瞬にして砕け崩落し始めたのである。 急に足場を奪われ吃驚しつつも、チルノは大剣を二本に分離させ、降り注ぐ岩々を断ち切りながら幽々子のいる上方へと飛翔を開始する。もちろん、幽々子とてこの程度でチルノがやられるとは思っていない。自らも落ちる岩々に紛れ、その影から大量の瘴気を手足のように自在に繰りチルノを襲う。 瘴気が大剣に纏わり付き、それらを振り払いつつチルノは幽々子を斬り下げるも、その度に幽々子の体は蝶となって四散し、そこに再び瘴気が襲い掛かってくるのである。これらの動作が幾十、いや、百と繰り返されるのである。岩が舞い、瘴気が舞い、蝶が舞い、そして剣が舞い続ける。しかし、当然のことだが、幾ら斬り付けようとも幽々子には傷一つ付かない。対してチルノは、徐々にではあるが着実に瘴気に犯され続け、更には幻夢症候群による睡魔、連戦の痛手も相まって、体はとうに限界を越えていたのである。 切りが無い、とようやく気付いた彼女は、一気に上昇して幽々子を引き離し、まだかろうじて残っている崖の上へと着地する。その瞬間、がくりと片膝が折れ、彼女は剣にもたれかかってしまう。 「はぁ……はぁ……はぁ……」 (まだ……まだあたいはいける……あたいならいける……) 何とか体を持ち上げようとする彼女の目の前に、無数の蝶から転じた幽々子が不敵な笑みを伴って現れる。 無理矢理に大剣を振り上げるが、容易く瘴気で跳ね除けられ、そうして丸腰となった腹部に瘴気の重い一撃が入る。吹き飛ばされ、岩盤に激しく叩きつけられしまう。 思わず呻き声をあげるチルノ。その肩に、 「っ!?」 ぐさりと、幽々子の投げ放った扇が深く深く突き刺さった。激痛とともに、彼女の肩口からその周りにかけてが徐々に徐々に黒く変色していく。同時に意識もまた、徐々に徐々にブラックアウトしていく。 扇から染み出る瘴気が、死が、チルノの体全体に拡がっていっているのである。 (あたいは……まだ……) 「今は気丈に振舞おうとも、いずれまたあなたは罪の意識に苛まれ、悲しみに心を砕かれる。 楽にしてあげるわ、私が、……死をもってしてね……」 朦朧とする意識の中で、幽々子の言葉が木霊する。 その瞬間である。彼女の脳裏に、まるで走馬灯のように、仲間達の姿が浮かんだ。メイリン、レイセン、レミリア、フランドール……。いや、それだけではない。幻想郷に借りを返すと胡散臭くも言う紫。もう一度、幽々子のためにやり直したいと言う妖夢。そして、私の代わりに幻想郷を守りなさいと言う、紅白の巫女……。 (……あたいは……まだ……いける!!) チルノは渾身の力で肩から扇を引き抜いた。それを幽々子の足元に投げつける。そして、確固とした意思の宿った瞳で彼女を射すくめた。 「馬鹿ね。亡霊の姫、そんなことで人妖を救えると思っているなんて」 一驚を喫する幽々子であるが、氷精の戯言を聞く気は無いとばかりにチルノの言葉を無視し、再度瘴気を駆り始める。それに対して、チルノは、大剣に残りの全ての妖力と、レティから教わった剣術の全てと、そして、自らの全ての気力を込めた。 「……あんたは何もわかってない…… 生きるってのがどういうことか!!」 『超H武神羅斬』 大剣が六つに分離し、幽々子の周りを取り囲む。チルノは光の速さとなって飛翔し、そのうちの一つを取って幽々子に斬りかかる。幽々子は常の如く瞬間的に移動してかわすが、チルノは更に剣を取って彼女に斬りかかる。更に斬る、斬る。そしてある瞬間において、ついにチルノの太刀の速さは幽々子の移動速度を上回った。 「!?」 幽々子が瞬間移動してきたのと全くの同時に、チルノの剣は彼女を貫く。怯んだ彼女に、チルノは更に、最後の剣を渾身の力を込めて振り下ろした。 眩い光が渓谷中に迸る。役目を終えた五つの剣が宙から落下し地面に突き立ち、六本目は先に着地していたチルノの手に収まった。彼女はその剣先を、ゆっくりと地面に下ろした。 「……あんたは十分に苦しんだ。だから、もう成仏しなさい」 上空で、全ての力を使い果たした幽々子が、それでもなお、ふふと、嘲笑を漏らした。 「……まだまだ、私の恨みはこんなものじゃないわよ」 彼女の体から無数の桜色の蝶が湧き出てくる。それらは一斉に空へと舞い上がり、気付いた時には、既に幽々子の姿は妖夢のそれへと戻っていた。 「はぁっ……はぁっ……幽々子様……幽々子様っ……!!」 満身創痍でありながらも、まだチルノに太刀を浴びせんとして襲い掛かってくる妖夢。だがその膝は中途でガクリと折れ、彼女は地面に倒れ込む。その寸でのところで、チルノは彼女を抱き留めた。 「……チルノ……?」 「あんたもよ、いい加減、許してあげなさい」 ぽつんと、妖夢の頬を一粒の水滴が伝った。穏かな風が暗雲を流し去り、そこから朝日と共に暖かなお天気雨が降り注いできたのである。それは、あらゆる罪を、穢れを浄化するかのように、優しく幻想郷を包み込む―― 紫の重かった目蓋がゆっくりと開いた。それは微々たるものであったが、少なくとも彼女の式とその式にはわかった。前者は静かに頬に涙を伝わせ、後者は歓喜の声を上げた。 魔法の森の中、フランドールや子供達は、自らを蝕み続けてきた睡魔がすっと消えたのを感じ、皆で抱き合って喜んだ。その後、フランドールが、雨、傘、傘を早くよこしなさい、とわがままを言い、皆を困らせた。 ――雨が、幻想郷中のあらゆる罪を、穢れを、つれなくも優しく浄化していく。それは、チルノももちろん例外ではない。 彼女は、雨が自らの中に巣食う西行妖の因子を、西行寺幽々子の魂の残滓を洗い流していくのを感じた。そして、お馬鹿なりにも理解した。もう、幻夢症候群は治ったのだと。長かった悪夢は、ついに終焉を迎えたのだと。そして、あたいは、皆を、幻想郷を守れたのだと。いや、これからも、守り続けるのだと。 チルノは、雨で頬を濡らした妖夢をなだめて座らせ、自らはゆっくりと剣を背に収めんとする。 その時である。 「っ……!?」 鈍重な衝撃が、彼女の胸部を貫いた。その五臓六腑を破砕しかねない程の威力に、彼女はガクリと両膝を折る。一瞬ブラックアウトしかけた意識を叱咤し、彼女は苦痛と敵意に満ちた表情で後ろを振り返る。 そこには、自らの背にぴったりと突きつけられたヴァイオリンと、そして、その向こうには、息も絶え絶えに凝立するプリズムリバー三姉妹の姿が。全てを使い尽くしたヴァイオリンは、今度こそ砂となって果てた。 「……妖夢ちゃんのためにも……せめてお嬢様の仇であるあなただけは……」 そう言って、最後の西行妖の力を振り絞るルナサ。メルラン、リリカもそれに続き、その矛先は当然、瀕死の傷を負ったチルノへと向けられている。 「はぁ……はぁ……」 (あたいは……まだ……いける……!) 彼女は数回荒い息を吐いた後、無理やりに体を起き上がらせた。そして、渾身の力で大剣を掲げて三姉妹の方へと駆け出す。 「ルナサ様……もうやめてっ!」 妖夢が叫ぶ。同時に、三姉妹の放った最後の弾幕と、チルノの剣の一撃がかち合う。凄まじい衝撃が迸り、彼女らもろとも辺りは爆風と爆煙で包まれた。 「チルノっ……!!」 舟の上で事の成り行きを見守っていたメイリンが叫ぶ。 家で独り、窓の外を眺め佇んでいたレミリアが、 「みんな、帰ってくるよね……霊夢……」 と悪魔らしくもなく、両手を祈りの形に組んだ。 |