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 主の遺骨をスキマに落とされ激昂した妖夢が、紫に向かって大太刀を振るう。そこから放たれた衝撃波は、かろうじて回避した紫の背後の空間を、闇を、更には遥か遠方の分厚い雲までをも真っ二つに両断する。歴戦の結界師も、さすがにこれには戦慄の表情を隠せない。これ程までに妖力を暴走させて、ようやく妖夢は、はっと正気を取り戻した。……いや、どうやらまだそうではないらしい。
「……幽々子様!!」
 そうこうしている間にも、彼女の主の葬られたスキマは、底知れぬ闇へと続く唯一の入口は、閉じかけていたのである。これが閉じれば未来永劫、彼女が主と会うことはできない。まさに、望み絶たれるのである。
故に彼女は、自らその身を、底知れぬ闇、スキマへと投じた。閉じかけるスキマの中へと、間一髪のところで飛び込んだのである。
(あの子!何て無茶苦茶を!)
 思いつつ、紫は自らもまた彼女を追ってスキマへと飛び込む。
 闇へと落ちていく骨壷を妖夢が追い、その妖夢を紫が追う。
 スキマとは、現世と地獄を二で割ったような空間である。見た目だけならば、そこは月人が地球に来る際に渡ると言われる、宇宙のような空間である。だがそこに、天界のような、とか、あの世のような、とかいう、所謂正の意味を付与するような形容はとてもではないができない。結界師である紫以外にとっては、スキマとは、絶望の闇しか見出すことのできない負の空間なのである。
 だが、その唯一の例外である紫も、今は結果師としての力の大半を失っていた。現に、まだスキマに入ってから数秒と経っていないというのに、全身を火であぶられるような痛みを覚えている。紫ですらこの様なのだ。先を行く骨壷と、そして妖夢は更に悲惨である。骨壷の表面は黒く変色して崩れかけ、それを必死に手を伸ばして掴まんとする彼女の体にもまた、至るところに黒いあざができ始めている。このままいけば壷の中の遺骨も、そして妖夢も、時を待たずして消滅するであろう。
 紫は決断を迫られることとなる。旧友と、旧友をここまで慕う従者を、このままもろともにスキマの内に葬るか、それとも……。紫自身もまた、このような状態ではスキマのコントロールもままならない。迅速な判断を下さねば、三人共々スキマに永遠に閉じ込められることとなる。
(……それも良いかも知れない……)
 確かに、彼女は一瞬そう思った。
 妖夢の伸ばした手がついに骨壷を捉える。その一瞬前に、紫はスキマに出口を生じさせていた。底無しであったはずの闇に裂け目が生じ、そこから光が漏れ出ずる。その光へと、腕に主の遺骨の入った壷をしかと抱えた妖夢が、後に続いて紫が、飛び込んでいく。
 出口の向こうはすぐに地面であった。前者は軽やかに着地するが、後者は、強引なスキマの制御により体勢を崩し、地面にぶつかりそうになってしまう。だが、寸でのところで、彼女の体は何者かの腕によって抱き留められた。
「紫様……」
「紫さま!」
「藍……橙……」
 折しも、スキマの出口は藍達とプリズムリバー三姉妹とが激しい弾幕戦を繰り広げていた場所であったのである。
「紫様、お願いですから、無理をなさらないで下さい」
 そう言う藍こそ、そして心配そうに自分を覗き込む橙こそ、実力差のある相手との戦闘により、多くの傷を負っていた。紫は思う。何故私は、この二人を置いて消えても良いなどと思ってしまったのだろうか、と。……いや、今はそれどころではない。
「藍……橙……幽々子を……妖夢を……」
 先程のスキマの影響で崩れかけている骨壷を、大事そうに、そして、まるで子供が母にするかのように強く抱き締めている妖夢のもとに、プリズムリバー三姉妹が駆け寄ってくる。
「……妖夢ちゃん」
 ルナサに諌められて、ようやく真に我を取り戻した彼女は、ごくりと息を呑んだ後、ゆっくりと骨壷の蓋に手をかける。
 その時である。
「見つけたわよっ!!」
 彼女らの視界の端に、猛烈な勢いでこちらに向かってくる蒼い点が映る。言わずもがな、チルノである。妖夢と三姉妹は内心驚愕することとなる。あの魂魄妖忌を倒したというのか、それもあるし、いや、それ以上に、数刻前迷いの竹林で見たのとは大違いの、真っ直ぐで、そして強い意志の宿ったその瞳に射抜かれ、半ば怖れすら覚えたからである。蛇に睨まれたならともかく、彼女らは一瞬妖精に睨まれた蛙となってしまったのである。
「……妖夢ちゃん!」
 真っ先に我を取り戻し適切な判断を下したのは、やはりルナサである。彼女に促されて、妖夢は骨壷を再び腕に抱え、チルノに背を向けて飛翔する。三姉妹も後に続き、その数秒後、チルノが彼女らを追って紫達の目の前を通り過ぎていく。
 渓谷の複雑な地形を、右に左に上に下に、ドッグレースさながらに翔けてゆく少女五人。
 もちろん、そのうちの三姉妹が、容易に氷精の追随を許す訳がない。突如振り返り、後方に三人分の弾幕をお見舞いする。チルノは進路上の弾幕だけを一瞬にして凍結、そのまま突貫して砕きつつ、一気にルナサとの距離を詰める。
 しばし大剣とヴァイオリンとの鍔迫り合いになるが、当然前者が勝ち、持ち主ごと後者は跳ね飛ばされ、チルノは一気に五位から妖夢に次ぐ二位へと踊り出る。
 先頭は、谷底に沿った道が、大きく二つに分岐する地点に到着する。一位の妖夢はそのうちの東側の道を行き、チルノも当然それに続かんとするが、突如、ルナサによるそびえ立つ堅固な城壁の如き弾幕が展開、行く手を遮られ、堪らず彼女は急遽西側の道へと進路変更を余儀なくされる。三姉妹もチルノの方にに続いた。
「何で付いてくんのよ!」
「そっちこそ、何で私達の邪魔をするの〜」
「……何も考えていないお馬鹿な氷精が……」
「あんたみたいのが興味本位でパンドラの箱を開けるという愚を犯すのよ」
「そう、それ!その何とかの箱を開けようとしてるのはあんた達の方でしょ!」
 頭数においても頭の出来においても、チルノが三姉妹に口では勝てないのは当然として、果たして弾幕では。
 プリズムリバー三姉妹は、今度はチルノの後方から三者三様それぞれ得意とする弾幕を放つ。チルノは後ろを振り返ることなく、つらら状の弾幕を後方に展開、リリカのそれを相殺するが、当然、ルナサの得意とする弾幕、壁状の弾幕は、チルノの進路を隙間なく埋め尽くしている。いや、
(あたいなら、ドット避けできる!)
と、彼女は強引に、目視すらし難いわずかな隙間を縫ってその壁を突破する。いや、いや、まだメルランの弾幕が残っている。彼女の放った二本のレーザーはチルノの方には向かわず、彼女の上方を抜け、その先の、左右両端にそびえ立つ絶壁を抉り抜いたのである。それによって生じた二つの巨岩が、ちょうど弾幕を抜けたばかりのチルノめがけて降ってくる。彼女は瞬時に大剣を二つに分離させ、そして、それぞれ一振りのもと、二つの巨岩を両断した。彼女はその間を速度を失うことなく抜けていく。
「剣の腕を過信しすぎね」
「チルノちゃん、そこはボムが懸命よ〜」
「!」
 その間、メルラン、リリカは巨岩によってできた死角から一気にチルノとの距離を詰めていた。その距離十尺(約3メートル)あるかないか。
(近接、だったら叩っ斬る!)
と、学習能力の欠片も無い彼女は二人に大剣を振り下ろすも、案の定桜色の結界に阻まれ、近距離からはメルラン、リリカの楽器による衝撃波、遠距離からはルナサの弾幕による猛攻を受けることとなってしまう。
「……あなたに妖夢ちゃんの何がわかるというの。中途半端な正義感は、その身を滅ぼすことになるわよ」
「……うっさいわね、あんた達だって、あたい達の何がわかるって言うのよ……。だいたい先にちょっかい出してきたのはそっちでしょ!売られた喧嘩は全部買うのがあたいの剣の道なのよ!」
 チルノは猛攻の中からメルラン、リリカの一瞬の隙を見出す。彼女は二本の大剣を更に四本へと分離させ、そして一の太刀が結界に阻まれたと同時、すかさず剣を持ち替え二の太刀を彼女らに浴びせたのである。
「「!」」
 その一撃は、メルラン、リリカの結界の展開速度を悠に上回る。チルノは二人が防御に割り込ませた楽器をも叩き割り、その持ち主自体をも後方に大きく跳ね飛ばしたである。
 間髪置かず、彼女は再び大剣を一本に戻し、今度はルナサとの距離を一気に詰める。
「!?」
(これはメイリンの……仕返しっ!!)
 放たれた渾身の一撃は、結界を貫通し、防御に回されたヴァイオリンをも粉砕し、更にはその使い手までをも吹き飛ばし遥か遠方の岩壁へと叩きつけた。
「「姉さんっ!」」
 メルラン、リリカが手傷を負った姉のもとへと駆け寄る。その間、チルノは三姉妹から星の距離程に離れてしまっていた。ルナサは、彼女の妹達でさえ見たことが無いような、柄にも無い歯噛みをした。
「何やってるの……早く妖夢ちゃんを……チルノを追うのよ……」
 さて、距離は開けたものの未だ三姉妹の追随を受け、更には追わねばならない妖夢がどこに行ったかも実はわかっていない。そんな状態のチルノの進路上、遥か前方、そこに、
「ねぇ、藍さま」
「どうした、橙?」
いつのまにやら先回りしていた紫の式と、そのまた式の姿があった。何故先回りできたのか、その答えは、彼女らの背後のスキマにある。
「藍さま、どうして橙を憑き立てのほやほやにしてくれたの?藍さまだって、ほとんど力が残ってないはずなのに」
「あぁ、それはな。恐らく幽々子様の遺骨を持ち続けることは、紫様にとっても相当の負担であった。それが無くなった今、紫様はわずかだが結界師としての力を取り戻されたのだろう。その証拠に、ほら、私もこの通り、憑き立てのほやほやだ」
「そうなんだ、じゃあ、今日こそはみんなでお家に帰れるね」
「あぁ、ご飯を炊いて、温かいお味噌汁を作って、おいしい魚を焼いて、久しぶりに紫様と三人でゆっくり食事をしようじゃないか」
 チルノが二人のもとに近づいてくる。その後に続き、プリズムリバー三姉妹も向かってくる。藍と橙は、ゆっくりとその鋭い爪を引き出し構えた。そして、チルノが自らの目の前を通り過ぎた瞬間、彼女らもまた駆け出した。向かう先は、プリズムリバー三姉妹である。
 三姉妹は、またも懲りずに挑みかかってくる彼女らを軽く返り討ちにしてやろうとして――
(……は、速い!?)
 ――先を行く妖夢は、突然三姉妹の騒がしい音が消えたのを訝しみ、まさかとは思いながらも後ろを振り返った。その瞬間である。彼女の背後の空間が裂け、そこから大剣を構えたチルノが飛び出してきたのである。一驚に喫しながらも咄嗟に妖夢は太刀を抜きチルノの剣を受け止め、そのまま飛行の速度を落とさぬまま両者鍔迫り合いとなる。
「それをこっちに渡しなさいよっ!」
「あなたは、またも私から大切なものを奪おうというのか!」
 双方が双方の得物を押し返し、再度斬り結ばんとする。そんな妖夢の片腕には、当然件の骨壷が抱かれている。チルノがこの壷、幽々子の遺骨の入った骨壷を見るのは、この時が初めてとなる。
(……く……)
 ここで、幻夢症候群による睡魔である。一瞬ではあるが意識を失った彼女の振るった大剣は、寸でのところで妖夢にかわされ、逆に妖夢の太刀は彼女の二の腕をわずかに斬り裂く。
 飛行の体勢を崩し、岩場を激しく転がるチルノ。その間に、妖夢は再度遥か遠方へと去ってしまっていった。すぐに追えば良いものを、チルノはしばしそこに立ち尽くした。
「……」
 二の腕の傷の止血のため、彼女は服の裾を破り取る。その拍子に、何やらポケットから落ちるものがある。手に取ってみれば、
「……うへ!?」
それはすさまじい芳香を放つ花である。何これ、と放ろうとしたところで彼女は気付く。その茎には、たどたどしい字で『チルノへ』と書かれた紙が巻いてあることに。そしてその花自体にも、何事かで潰れてしまわぬようにと、気によるコーティングが為されていることに。
「メイリン……余計なことして……」
 彼女はは小さく呟いた。
 もう一度、今度は思いっきりにその花の匂いを嗅ぐ。激しくむせ込んだ代わりに、彼女にはもう、眠気のねの字も無かった。
 こんな病などには負けていられない。あたいがメイリンを、みんなを、幻想郷を守るんだ。
 チルノは再び飛び立つ。

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