
10
| 渓谷という高低差の激しい地形を利用して、六人の少女と一人の老剣士は、文字通り縦横無尽に駆け回り、飛び回る。 小町の大鎌と老剣士の大太刀二本が切り結び、前者には更に数十体もの人形のサーベルが助太刀する。多勢に無勢であるが、この場合この諺は成り立っていない。二本の大太刀が、数十本のサーベルと大鎌に、劣るどころか圧倒的に勝っているのである。堪らず退かんとする小町を、アリスは老剣士に向けて数体の人形を爆発させて援護する。だがその爆発をもろともせず、彼は退いた小町に肉薄してきた。人形の助力があっても圧倒されていたのである、それが無くなった今、彼女に二本の大太刀を防ぎ切る術は無い。 やられる、と小町は思ったが、気付いた時にはいつのまにやら老剣士との距離は有り得ないほどに離れており、その彼もいつのまにやら四方八方を大量のナイフに囲まれているではないか。 「何て奴、時間を止めてもわずかに動いていたわ」 小町の傍らで咲夜が呟く。老剣士は襲い来るナイフをいとも容易く叩き落し、更に叩き落しつつもアリスに向かって刀刃型の衝撃波を幾十と放っている。彼女は一つ一つを人形のサーベルをもってしてさばかんとするも、半数の人形を小町への助太刀に出していたため、とてもではないが対処しきれない。幾数かは人形の防御を通り抜けてアリスの方へと飛んでくる。そこへ、パチュリーがまたも言霊無しで巨大な水柱を召喚した。それはアリスの体を丸ごと包み込み、刀刃型衝撃波をことごとく打ち消す。 「ちょ、ちょっと何するのよ!ずぶ濡れじゃない!」 「うるさいわね。文句を言う暇があったらそれを利用することを覚えなさい」 パチュリーの召喚した水柱の中から、レイセンが真紅のマントをなびかせ飛び出してくる。いや、それだけではない、いつのまにか老剣士の背後でも、レイセンが二人銃を構えている。幻影と実体飛び交う銃弾の嵐に、老剣士は当たることはなくとも大きく動きを阻害される。 「いい錯乱だ、レイセン。あとは私の攻撃に巻き込まれないように精々気を付けな」 上空から箒に乗って滑空してきた魔理沙が、不意にそれから飛び降りる。そしてレイセンももろともに、老剣士に向かって超巨大な魔導砲を放った。 一直線に、触れたもの全てを蒸発させながら向かってくる魔導砲である。 老剣士はそれを、自らの太刀の長さの百倍はあるであろうそれを、たった一振りもとで両断した。綺麗に二つに分かれた魔導砲が、老剣士の横をすり抜けて見当違いな方向へと飛んでいく。 魔理沙は予想だにしなかった結果に目を剥くが、それどころでは済まないのは、魔導砲に巻き込まれぬよう急いで逃げようとしていたレイセンである。背後を曝け出した彼女に、老剣士は魔導砲から返す刃で間髪置かず斬り付けてくる。 「レイセン!これで貸し借りは無しよ!」 「!? ……チルノ!」 その寸でのところで、彼女と老剣士との間に割って入るチルノ。鋭い大太刀の一撃を重厚な大剣で受け止め、同時に飛び込んできたメイリンが、レイセンの体を抱え安全なところまで一気に跳躍する。それを確認してから、チルノは太刀を押し返し、その勢いで老剣士を後方に大きく退かせた。 アリス、咲夜、パチュリー、魔理沙、小町、レイセン、メイリン、そしてチルノ、ここに来てようやく八人が終結する。彼女らと、そしてもう一人、紅白の少女の少女を加えた九人が、かつて幻想郷を守るためにそれぞれの命を賭して戦ったのである。 「待たせたわね!最強のあたいの登場だよ!!」 (最強のあたい達だよ、チルノ) メイリンの心の突っ込みを知ってか知らずか、失言、明らかに知らずに、チルノは先陣を切って一人老剣士に向かって突っ込んでいく。 (相手は二刀流……だったらこっちも二本で!) と、大剣を分離して二本とし、老剣士の大太刀二本と切り結ぶ。その剣戟の速いこと、常人では何をやっているのかすらわからない。あっという間に数十、いや、もしかしたら数百は切り結んだかも知れぬ後である、先にその剣戟の嵐の中から跳ね飛ばされて出てきたのは、当然、チルノの方である。 「いったぁ……このっ!」 (速い……だったらあたいは、力で!) と、今度は二本の大剣を一本とし、更には有りっ丈の冷気を込める。 「喰らえっ!氷符!」 『アイシクルフォール』 冷気を伴う重い重い一撃が、受け止めた太刀ごと老剣士を真下に叩き落す。轟音が鳴り、地面が抉れ砂塵が舞い、ついに老剣士は地面に片膝を付く。 その時である。突如上空から、一筋の青い光が渓谷の暗闇に差し込んだ。わずかな雲の切れ目から、大きな、真っ白な、満月が覗いたのである。その光を受けて、老剣士の大太刀が異様な輝きを放ち始める。少女達八人は、その刀に、彼が先程博麗大結界に向けて放ったそれを遥かに凌駕する程の妖力の収束を見た―― (結局、全て私が悪いのだ) 「さすがお師匠様、これならすぐにでも博麗大結界を破壊できますね、紫様?」 (私が、幽々子を弔おうなどと思わなければ。幻想郷に拒まれ、幻想郷の全ての人妖に拒まれても、せめて私だけは彼女を受け入れよう、などと思わなければ) 「大結界が壊れたらどうなるのでしょうね。幻想と現実の境界は消え、常識と非常識の境界も揺らぐ」 (所詮、それは私のエゴに過ぎなかったのだ。それどころか、かえって自分や、妖夢達の悲しみを増長させただけだった) 「幻想郷は崩壊するでしょうね。でもさすれば、幽々子様が拒まれる理由も無くなる」 (だけど、いや、だからこそ、最後にもう一度だけ、私の我侭を聞いて欲しい) 「どうです、これなら文句もないでしょう?紫様――!?」 (せめて私の手で、幽々子、あなたを永遠に葬らせて!) 唐突に紫が立ち上がる。同時に、今までずっとその身を覆い続けていた白のブランケットを、彼女はここぞとばかりに脱ぎ捨てた。隠れていた長躯と、鋭い三白眼があらわになり、そして、彼女の腕には壷が、小さな、小さな骨壷が抱えられていたのである。妖夢が驚愕に目を剥く。 「そ、それは……幽々――」 「気付きなさいよ、忠義心が足りないんじゃなくて?」 (……でもね、本当はやっぱり、幽々子、あなたにもう一度だけ会いたかった……) そうして紫は、その壷を、幽々子の遺骨の入ったその骨壷を、スキマに落とした。彼女らしい不敵な笑みを浮かべて、しかし、心では目に大粒の涙を溜めて。 紫とは正反対に、妖夢は絶叫し、号泣し、そして同時に、全ての負の感情をぶつけるかの如くに紫に向かって抜刀した。 ――老剣士が月に向かって飛翔する。その光を受け、禍々しい輝きを放つ二本の大太刀を伴って。 最初に動いたのはやはりチルノである。老剣士を追って飛び上がるが、彼の上昇スピードは彼女のそれを遥かに上回っている。 「チルノ!手を出しなさい!」 ふと見ると、上方にはアリスの人形達がチルノを待ち構えていたかのように配置されている。それらは一斉にチルノの差し出した手を握り、そして思いっ切りに引き揚げた。百体もの人形の力で彼女は一気に加速し、老剣士に追いつく。 「あたいからは逃げられないよっ!」 アリスの助力は無視する発言をしつつ、老剣士に斬りかかる。だが、直線的なその攻撃はいとも容易く受け止められ、彼女はカウンターの要領で大剣ごと地面に叩き落とされてしまう。 「チルノ!まだいける!」 「わかってるわ、よ!」 下方で待ち構えていた小町が、落下しつつも体勢を立て直していたチルノを大鎌の峰に乗せて再度上空へと押し返す。 「あんた達!早くあたいに力を貸しなさ――」 「あなたが私を急かそうなんて、百年早いわ」 「チルノ、風よ、乗りなさい」 「不服だが、今回はお前に譲ってやるぜ!」 咲夜が時間を止めてチルノを押し上げ、パチュリーは上昇気流を召喚し、魔理沙は箒の加速度を彼女に与える。 その間、既に老剣士は遥か上空、雲の上にまで到達している。満月の光を直下で浴び、大太刀の輝きが更に増す。彼本来の妖力に加え、満月の巨大な力までもが太刀に収束しているのである。それが放たれようものなら、チルノ達はおろか、博麗大結界もただでは済まないのは明らかだった。 「チルノ、がんばって」 レイセンがチルノの手を握り、引き揚げる。更に、更にチルノは加速する。 「チルノ!」 「メイリン……」 チルノの差し出した手に、メイリンが触れる。わずかに、本当にわずかに震えているその手を、メイリンはぎゅっと握り締め、そして、強く強く引き揚げた。 もはやチルノの上昇速度は、老剣士のそれはおろか、幻想郷一を誇る烏天狗のそれをも凌駕していた。全身と、そして大剣に有りっ丈の冷気を纏わせたその蒼き姿は、まさに夜空へと逆行する彗星である。 メイリンは、先に地上に降り立っていた仲間達と共にそんな彼女を見上げた。彼女らは、メイリンはわかっているのである、チルノなら絶対にやってくれると。 (来い!!) 老剣士が大太刀を振るう。無限に収束していた妖力が、あらゆる地上のものを焼き尽くす月光となって幻想郷に降り注ぐ。圧倒的な破壊力を持つそれを前にして、しかし、彼女はもはや恐れなかった。大剣を前方に掲げ、そして、自ら月光の中へと突っ込んでいったのである。 (あたいならいける……いける!) 月光の色、エメラルドグリーンが、チルノの視界を一色に染め上げる。妖力による負荷が、メイリン達のくれた加速度を、彼女の纏っている冷気を削ぎ落としていく。 (もうちょっと……もうちょっと……もうちょ――) ――月光のエメラルドグリーンの中に、場違いな紅白が見える。 ――仕方ないわね。チルノ、ほら、手を出しなさい―― そんなめでたい衣装を纏った彼女の差し出した手を、チルノは確かに握る―― 「――凍符『パーフェクトフリーズ』!!」 月光が、夜空一面を覆っていたはずの月光が、一瞬にして凍結しそして砕け散った。その中から蒼い彗星、チルノが一直線に老剣士に向かって飛び出してくる。ここに来て初めて、彼は驚愕という名の感情を全身で表した。凍結したのは月光だけではない、彼を取り巻く空気も、いや、彼自身もまた、一瞬にして分厚い氷に包まれていったのである。まさにパーフェクトフリーズ、完全なる氷結。 チルノはその氷に向けて、全ての加速度を込めて大剣を振るった。 夜空が、砕け散った無数の桜色の氷で覆われる。それらの輝きによって、幻想郷は一瞬昼の明るさを手に入れた。 その光景を、歓喜の声を上げたり、当然ね、と言ってみたり、とにかく各々の表情を浮かべて見上げる仲間達のもとに、蒼い彗星は降り立つ。それは未だ燦然と輝く大剣をクルクルと格好良く回して背中に収めた後、 「やっぱり、あたいってば最強ね!」 とこれまた格好良く言ってみせた。その台詞に、幾人かの仲間達が抗議の声を上げたのは言うまでも無い。 その折である。彼女らが遠方に閃光を、それに伴う禍々しい力の発現を感じ取ったのは。 |